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楽園で夢は見ない


お願いだから早く死なせてという名前の背中をさすりながら僕は煙草に火を点けた。しにたいしにたいと繰り返す彼女は過呼吸を起こしていて口から唾液がだらだらと溢れている。泣くのか喋るのかどちらかにした方がいいんじゃないだろうか。僕が煙草の煙を深く吸い込んで吐いたのと、名前が前のめりに倒れたのは殆ど同時だった。しなせて、と彼女が畳を這いながら呟いて、僕は困ってしまう。人間なんていつか死ぬんだ、間違いなく。どうしてそんなに死に急ぐことがあるのか。こうして肺を虐めていても寿命には全く関係のない僕に気の毒だと思って欲しい。死にたくても自分の意思で死ぬことは許されないのだ。だって僕たちは彼女に依って成っているのだから。

「辛いねぇ」

こうして夜中に死にたいの発作が出るとき、名前は決まって僕を呼びつける。死にたいの発作を癒せるのは他の刀剣じゃあ適わない。だって誰も皆幸福な奴らだから。
ねえ、僕はきっと分かるんだ。だって君も僕も世界をずっと疎んでいるんだもの。僕たちはこの世界にいちゃ駄目なんだよ。

「青江、わたししにたい」
「大丈夫、分かるよ、僕だけは分かってる」
「青江、あおえ、しにたい、しにたいよ」

青白い手首に幾筋も縦に通った赤い傷が眼に優しくて、僕はそこを舐めるのがなにより好きだった、いや、いまでも好きだ。手首から二の腕に走る傷は痛々しくて仰々しくて、それだけじゃ死ねないと分かった上で彼女は刻む。
惜しむらくは、この発作を心配した誰かが本丸から刃物という刃物を隠してしまったこと。昨日から名前の手首の傷は増えていない。おかしな話だよ、本当に。刃物なんて隠しきれるわけがないんだ。だって、現に僕という刃物が彼女の背中をさすって慰めてあげているんだから。
灰が畳に落ちて、僕は舌で煙草の火を消す。じゅ、と火の消える音がした。

「わたし、どうして生まれてきちゃったんだろう、わたし、なんでここにいるんだろう」
「うん、うん、」
「もうなにもしたくないよ、青江、たすけて」
「そうだね、少し疲れたね」

ねえ、たぶん僕たちはたくさんのことを知りすぎたんだよ。知らなくたっていいことはたくさんあるはずなのに、どうしてこうなってしまったのかな。煙草だってお酒だって手首の傷だって、僕たちを死に至らしむには弱すぎる。多くのことを知った分、多くのことでただ苦しみながら生きていくことになるんだ。それに僕はぼんやり考えている。死ぬことも、たぶん、救済とはいえない、って。

「はやく消えてしまいたい、わたし」

僕はそっと笑う。殺してほしいといわないのは名前の優しさだなと思いながら。その気になればいとも簡単にご期待に添えるというのに。
真っ赤に腫らした眼で僕を見つめる彼女は只管に可哀想なひとりの女性だった。


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