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(カニバリズム表現有)



主が身体を動かすたびに柔らかい髪が顎を擽る。後ろから抱きついているので顔は分からないが、いつものように控えめな笑顔なのだろう。脚も手も肩も、とても小さい。抱き締めれば岩融の身体はそこかしこが余る。彼女がふたりいれば優に触れ合うことができるのに。
戯れに頭に顎を乗せたら鬱陶しいといわれた。刺繍をしていた小さな手が虫を追い払うように動く。それが本心からのものでないことを岩融は充分に分かっていた。
名前はいつでも、なにも嫌がらない。彼の為すことを全て受け入れ、いまだって危なくないよう針を仕舞ってから手を伸ばした。小さい体躯できちんと丁寧に応えようとしているのを見ると、余る自分が恨めしい。どうにかしてこの身体を名前で一杯にしたいのに、なかなかそれは叶わない。
まだ追い払おうとする手首を掴んで指先を咥えた。ひ、と驚いた声。忙しく動いていた指がぴたりと動きを止めた。指の付け根まで口に含んで、ゆっくり引き抜く。何度かそれを繰り返せば唾液が垂れ、手の甲を伝って腕を滑った。腕のなかで名前がどんどん小さくなる。あ、あ、とだらしない声を出し、なにかを探す盲の鶏のように不思議に顔を振る。余った左手を荒い息の洩れる柔らかい唇に這わせばそのぎこちない動きは加速した。
やめてなどと口先だけの拒否は要らない。邪魔な言葉を吐く口を封じるよう指を噛ませる。ぐちゃぐちゃと咥内を荒らすとその度に細い身体が跳ねた。
ぐったりと凭れかかる痩躯を見つめる。赤らんだ頬が酷く扇情的で、喉が鳴った。

「っあ、ぁ!」

無防備な耳に噛み付く。名前は耳を食むだけですっかり駄目になってしまうことを岩融は知っていた。わざとらしく音を立てて舐めては甘噛みを繰り返す。いまの主はまるで岩融の思うまま、なにも抗うことのできない獲物だ。また喉が鳴った。どこまでも欲しくなってしまう、このまま、名前の全てを手に入れたくなる。
ふと、無意識のうちに犬歯を突き立てていた。骨にぶつかった歯が柔く食い込む。

「いっ、いたい、いたい!」

ああ、苦痛に歪む表情と快楽に悶える表情は同じだという。ごりごりと音を立てながら岩融は思い出した。悲鳴も嬌声ももしかしたら同じなのかもしれない。がりがり、ごりごり。いとも簡単に軟骨は砕け、口のなかに血の味が広がる。鉄、或いはとても甘い蜜の味。ぱき、と軽い音がして耳の上の方は大凡口のなかに収まった。舌に乗る耳朶をからかうように優しく噛む。あ、あ、と名前は締まらない声を出した。咀嚼音が需頁に響く。大した苦労もせず、右の耳は全て嚥下することができた。
簡単なのだ、存外。
首筋に舌を這わせ、流れ落ちた血を舐めとる。猶予を与えるようにゆっくり噛み付いた。血管に沿って犬歯で刺激し、それから力をこめて齧る。首の肉から肩の肉。薄い皮膚の下には石榴が隠れていた。がりがり、ごりごり。骨は干菓子のように軽く、二の腕は枯れ木のようで少しだけ腹が立った。どうせならもっと食べるところがある方が良い。ばりばりと骨が奥歯で割れた。
もう主は動かない。抵抗をやめた彼女は可愛らしく腕のなかに座っている。小さくなる名前は、確実に岩融のなかを満たしてゆく。
肘、手首、指。
背中、腰、下腹部、太腿、膝、足首、爪先。
がりがり、がりがり。
皮膚も心臓も脳髄も全てを喰らい尽して、どこもかしこも隈なくしまい込む。
ごりごり、ばりばり。
名前が小さくなればなるほどに、岩融は全身で感じることができた。最後に飴玉のような眼球が弾けて、殊更にぞくりとする。歓喜と愉楽だ。
咳き込む。自分が生臭い気がした。湯浴みして汗を流そうと腰を上げる。夕日に陰ろう部屋を背に、僅かに噫気が出た。


けれどもそれは、幽かな夢を食む泡沫の記憶として、