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リング・ア・ベル



 誰もが愛するマスター、そんなあいつを毛嫌いしているのはわたしだけ、きっと。
 外面がよくて、芯が強くて、頼り甲斐のあるあいつ。嫌い、大嫌い。どんな呪われた運命を背負っているのか知らないけれど、わたしの愛するあのヒトを召喚したというその事実だけでもう大嫌いだ。
「いまヒマ?」
 ラップトップを抱えて小走りであいつの部屋に向かっている途中、ヘクトールに腕を掴まれた。
「ヒマに見えましたか」
「マスターの部屋に行かなきゃいけない、みたいな顔してた」
「そういうことです。じゃ」
「違う違う、オジサンに付き合ってほしいんだけど」
 なにが違うのかわからない。愛するヒトは煙草を咥えたままわたしを部屋に引っ張り込んだ。抱えていたものをご丁寧に奪い取りベッドサイドのテーブルに置く。
 無精髭、飄々とした顔つき、でも鋭い目。
 ああ、大好きだ。
 一職員にもかかわらずわたしはこのサーヴァントを愛していた。
 カルデア職員なんて、少し頭がよくて適性があれば誰でもなれる。わたしはなにも考えないまま試験に通り、配属され、そして彼に出会って、恋に落ちた。恋は初めての経験だった。だから初めて人を憎むことも覚えた。マスターだ。言葉では言い表せない絆で彼と結ばれていて、そのことに周囲はなんの疑問も持たない。
「マスターにはオジサンからいっとくからさ、付き合ってほしいなぁ」
 制服のうえから背中をつうっと撫でる指先。
「……勤務時間です」
「君たちは二十四時間が勤務時間みたいなもんだろ?」
「そう、ですけど」
「サーヴァントのお世話も仕事のウチだよ」
 わたしとヘクトールは既に身体の関係にあった。どっちから声をかけたかは覚えてないけど、きっと彼からだ。たかが職員のわたしから声をかけることはありえない気がした。いまではそんなこともないけれど。
 紳士的な笑顔を崩さず、ヘクトールはわたしをベッドに押し倒した。結わいた髪がするりと落ちてきて頬を擽った。
「相変わらず、色気がない制服だねぇ」
 じ、とジッパーを下ろす音。
「それなら止めませんか」
「まぁ、好きだけど」
「……キス」
「ん?」
「キス、してください」
 わたしの言葉にヘクトールはニヤリと笑った。煙草を灰皿において唇を重ねる。苦いキスは始まりの合図。
 ああ、大好き、本当に好き。こんな気持ちは生まれて初めて。
「素直な子は好きだぜ」
 器用に下着を脱がせながら彼は耳元で囁いた。
 これから始まる行為に、わたしはこっそり胸を高鳴らせる。嫌がっているふりをしてみても身体は正直だ。
 あいつの部屋に行かなきゃ、なんてもうどうでもいい。これは遅刻の正当な理由だ。彼に呼び止められたと説明すれば皆分かってくれる。
 ヘクトールの指がわたしを悦ばせるころ、もうそんなことさえ忘れてしまうのだけど。

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