長い坂の終わりに誰も来ないようなバーにその娘はいる。この世の終わりみたいな店にはいつもその娘しかいなかった。「あたし自分が嫌いなの」小さい背中はそう言っていた。でも、ねぇ、お前の心は天使なんだろう。適当な酒を煽りながらおれは内心呟く。 「どこを見たってイヤな自分しかいないよ」 からん、と氷が鳴って彼女は嘯いた。 「おれは君のことイヤじゃない」 あからさまに口説いてみても娘は一笑に付す。 「でも、ねぇ、あたしそんな自分でもいいと思ってる、そんな自分が嫌い」 歌うように囁く細い声。昏い双眸はおれじゃないどこかを見ていた。蟲のように卑屈な彼女はナルシストで、だから自分は愛されないのだと認識していた。 きっと娘はなにかの病気だった。 だけど、 「そんな君が好きだと言ったら?」 「そんなひといないよ……ネズだけは違うかもしれないけどね」 だけど毒々しい色のドレスを着て踊っているかのようにおれを誘う。おれを蟲にして自分の地獄に連れ去るつもりだろうか。騙されるふりして連れ去られよう。いまだけは蝶々にしてあげるから羽ばたいて夜の帳を切り裂いて飛んでくれ。 ――でも、ねぇ、そんな羽根はいつまでもは保たないだろう。その小さい背中に鎖を巻いておれだけの蝶々にしてあげる。 - - - - - - |