彼女は長くアシンメトリーの前髪から片目を覗かせていた。幽霊みたいに青白い肌に黒髪がやけに似合っていて、重いベースを持つ腕はとても細かった。 「ネズも同じじゃん」 おれのギターを「軽いなー」と感心して弾きながら「ネズこそ、どこからそんな声が出るんだろうってくらい細いよ」と対抗する。 「お前ほど細くはねぇです」 細やかな反論に彼女は表情を緩めた。「ありがと」褒め言葉として受け取ったらしかった。実際、そんなに身長は変わらないのに体重は随分違った。おれは平均より少し軽いくらい、彼女は平均より一回り軽いくらい。いまにも消えそうな薄い身体には煙草の煙とエナジードリンクだけ詰め込まれているようだった。 それなのに彼女は地獄から来たみたいな重い音を出す。それがたまらなく好きだった。鼓膜を震わせるサウンドはおれを陶酔させた。地を這うようなヘビーな音にぞくぞくして、何度でもベースソロを弾かせたくなった。「ヤなんだよね、客の反応悪いし」その言葉が照れ隠しであることは明らか。 「お前がベースじゃなかったら、おれは歌いません」 我ながら湿っぽい台詞を言いつつ、手遊び程度にギターを弄る。 「あたしも、ネズが歌わないならベースやらない」 長いストラップを余らせてゆらゆら揺れる彼女は本当に幽霊みたいで。ピックを持たない指先はネイルをしていないヌードな爪。どこもかしこも驚くほど細くて白い。踊る爪先にしばし見惚れる。 「ずっとしてたいね、音楽」 長い前髪から覗く片目は真っ直ぐおれを見ていた。 「してますよ、お前がいるなら」 また恥ずかしい台詞を口にして、おれは視線を逸らす。その細い身体を抱き締めるほどの度胸はなかった。せめてもの告白だった。 「あたしも」 はにかんだ彼女の笑顔は地獄からきたみたいに美しかった。 - - - - - - |