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葬列



 はっきりした理由はない、けど、パニックになっていた。薬が合わなかったのかもしれない。絶え間なく誰かの声が聞こえてわたしは参っていた。幻聴だと分かっているからこそ厄介だった。実際に囁いているやつがいるなら殺せばいいだけの話。
 駄目だ駄目だと意味なくぼやきつつ、ネズに買ってもらった本に挟んだいつもの剃刀を取り出す。安全ガードなしの、わたしには安全な剃刀。ピンク色で可愛いから気に入っている。使い捨て推奨らしいけど洗って乾かして何度も使っちゃう。自傷行為禁止令が出ているこの部屋で。
 いつも切っている左腕は傷跡がきちんと癒えていないので今日は右腕にしよう。「死ねないよ」誰かの声。知ってるよ、いますぐ死にたいわけじゃない、とにかくお前らの声が聞こえなくなればいいんだ。不器用な左手に少し力を込めてすうっと縦に何本も切る。何本も。そうしたらピリピリした痛みと共に赤い血が流れて、知らない声は聞こえなくなる。この声はどこから来るんだろう。もう何ヶ月もネズ以外の声は聞いていないのに。
 震える手でスマホから音楽を流す。わたしのために作られた曲が流れ始めた。ネズは愛を隠そうとしない。救いだった。脈打つ右腕をティッシュで雑に押さえながら耳を傾ける。自傷行為禁止のこの部屋で。頭痛がした。ネズの優しい声に抱き締められながらよろよろとベッドに横たわる。
「死なせませんよ」
 いつだったか派手に手足を切ったとき、そうやって睨まれた。知らない声に咎められるより知っている声に怒られた方がずっといい。
 シーツが赤く染まりゆく。歌声と鮮血がわたしの全てだった。だから幻聴はなによりも邪魔だ。ネズ以外の誰の声も聞きたくない。どくどくする右腕。深く切りすぎたのかもしれない。「死なせませんよ」耳をくすぐる歌声。
 遠い玄関からドアの開く音がする。ただいま、という声を聞きながらわたしは意識を失った。

 
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