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月のアペニン山



 死ぬ死ぬ詐欺が得意な彼女は可哀想なほど頼りない。幸せを掴むにはあまりにか細い指、喜びを抱くにはあまりにか細い腕、絶望より黒い髪、未来より白い素肌。ただおれの傍で微睡む静かな人。
「ネズさん、何処にも行かないで」
 寝言のように呟く声は女性というより少女に近い。束の間に出会い、戯れに愛を語り、いつまでこうしていられるか分からない不確かな人。悲しみを拒むには小さい体躯、優しく微笑むには冷たい頬。
「おれはここにいますよ」
 おれはきちんと返事をする。彼女がいなくなっても、何処にも行けないおれはここにいるから。分かり合えないまま離れてしまうことはないから。この頼りない少女を手放すことはないから。

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