「よう、アバズレ」 アルコール度数5%のチューハイを飲みながらネズを待っていると馴染みのない顔に話しかけられた。キバナだっけ。前にも話しかけられたことがある気がする。いつも関係者席にいる男だ。 わたしは聞こえなかったフリをして缶を一気に空ける。 「シカトすんなよ」 曖昧に「なに」と応えて缶を踵でくしゃりと潰した。ネズ以外の男に気安く話しかけられたくない。 「オレ、オマエのことよく知ってるぜ」 「わたしはお前のこと知らない」 わたしの返事に男は驚いた顔をした。口答えされるとは思わなかったのだろう。いきなり人をアバズレ呼ばわりしておいてよくそんな反応ができるものだ。 「どっか行ってよ、キバナ」 サービスで名前を覚えているとアピールしてあげた。早くどっか行ってくれないとネズが来ちゃう。男とふたりでいるところを見られたくないんだけどな。勘違いされるかもしれないから。 「なーんだ、オレのこと覚えてんじゃん」 馴れ馴れしい。嫌いだ、コイツ。 「オレさ、ネズの友達なんだよね」 不意打ちの言葉にわたしは動揺する。たぶんそれは表情に出ていて、キバナはそれを見て嬉しそうな顔をした。「やっと反応した」悔しい。でも、だからってコイツの思い通りにはならない。 「オマエ、ネズのセフレなんだって?」 なにを言い出すかと思えば。こういう場合どうやって応えるのが正解なのか分からないから、わたしは黙り込む。……あ、煙草忘れちゃった、間が持たないや。わたしを傷つけようとしているのかな、コイツは。傷ついた反応を見せるのが正解? 誰か教えて。 「そうだよ」 思い通りになるのが嫌だったから正反対の対応をしてやった。実際、初めから自分が本命だなんて思ってない。セフレはセフレ。ライブ後に待ち合わせして、ホテルに行って、その日の衝動をこの身に受けるだけ。それにしてもネズ、来るの遅いな。やだな。いつまでキバナに絡まれなくちゃいけないんだろう。 「かわいそーなアバズレだなオマエ」 「うるさいな」 「オレ様はオマエを慰めてやろうっての」 「……うるさいなぁ」 ああコイツもそうなんだ。わたしがネズに弄ばれてるから、救ってくれようとしてる。もしくは、このネタで脅迫してわたしを良いようにするって算段だ。 でも残念ながらネズに遊ばれている女の子は実在しない。わたしは好きでやってるし、いまのままでいいと思ってる。 「あのなぁ、オマエいまキバナ様に口説かれてるんだぜ?」 「一回しか言わないからよく聞いて。どっか、行け」 イラついて舌打ちする。キバナだかなんだか知らないけどどうしてわたしの世界に土足で入り込むんだろう。踏み荒らされるのは運動と勉強に次いで嫌いだ。 「わたしはネズを待ってるだけ」 徹底的に拒否する姿勢にキバナは漸く観念したらしい。肩を竦めてスマホを取り出した。「連絡先教えてくれよ」もうめんどくさくなって自分のスマホを放り投げる。適当に連絡先を交換させて、手で追い払った。犬でも避けるみたいに。 キバナの大きな身体が見えなくなる頃、後ろから名前を呼ぶ声がした。 「お待たせしました」 なによりも好きなその呼びかけに、わたしは満面の笑みで応える。ぜんぜん待ってないよ。なにもなかったよ。いつも通りあなたを待ってた。ひとりで。 - - - - - - |