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パララックス

 

 じゃあ好きにしたら、というのが彼女の口癖だった。
 例えばおれが少し愚痴を言ったとき、友人と電話しているとき、様々な場面でそれは聞かれた。「じゃあ好きにしたら」それから「わたしは知らないけど」と続く。責任を放棄する彼女の適当さが嫌いではなくて、でもそれを言われてしまうと手も足も出なくなってしまうのでおれはますます困ってしまうのだった。愚痴を言う方が悪いのだから仕方ないが。好き勝手生きてきたおれでも、彼女の勝手さには敵わなかった。冷たくされることが気持ちよく感じることさえあった。
「……好きにしますよ」
 おれはいつもそう答えるしかなくて鼻の頭をかいて気まずさをごまかしたりした。ただし彼女はおれの思い通りに動くことはなかった。阿ることなく、媚びることなく、寧ろおれを従えてさえいた。だから本当に好きにしたことはない。それもまた心地良くておれはフラフラと彼女に付き従うのだった。
 けれどいま壁とおれに挟まれた彼女はいつもの口癖を一向に口にしない。口を固く結んでおれを睨みつけている。
「好きにしますよ」
 その姿はおれと変な関係になるつもりはないと明言しているのと同じだというのに、おれは意地悪く先んじて問うてみる。好きにしたら、と答えられるのを待っていた。
「……冗談はやめて」
 ようやく絞り出された言葉は上手い返事だと思った。はっきりと拒否すればおれが傷つくし、口癖を言えば恐ろしいことをされるかもしれない。
「好きにさせてください」
 たぶんおれは微笑んでいる。笑い仮面を被っていないといまにも恐ろしいことをしてしまうから。
 じゃあ好きにしたら、とは言われなかった。ただひたすら冷たい目で、確固たる意思でおれを拒んでいることだけは伝わった。言葉にしない彼女はなんて優しいんだろう。いまこそ好き勝手にするべきじゃないか。
 早く拒んでくれないと、
「知りませんよ」
 さもないと、おれが好き勝手してしまう。
「知りませんからね」
 念押しして、背けられた顔を無理やりこちらに向けさせる。たぶんおれはもう笑っていない。取り繕う余裕はさっき脱ぎ捨てた。
 震える彼女の唇は頑なに拒否を口にしない。早く阻んでくれないと、このままふたりはキスしてしまう。口癖でもいい、なにか言ってくれないか。
「……ネズのこと嫌いになりたくない」
 随分、勝手なことを言う。
「好きにしてください」
 口をついで出た台詞に可笑しくなる。おれが言ってどうするんだ。「おれは知りません」また彼女の口癖を奪って、とうとうキスをしてしまう。好き勝手にすることは存外心地よかった。

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