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墓石と黴菌



 冷たい頬を冷たい右の掌で包む。僅かな体温の奪い合い。左手で小さい耳に触れると先程開けてやったばかりの7つめのピアスがなにより冷たいことに気づく。痛くないらしい。嘘だと思う。開けたことがないから分からないが。
 ちょうど日付が変わる頃、おれたちはベッドに雪崩れ込んだ。「あーあ、このまま朝が来なければいいのに」そんな無意味なひとりごとは無視で薄い唇めがけてキスを降らせる。何度も軽いキスを繰り返し、指を恋人みたいに絡げた。そう、恋人みたいに。あたかも将来を約束したふたりみたいに。おれと彼女は赤の他人。この間までは彼女の親友の兄という立派な肩書を持っていたがそんなものは投げ捨てた。先週だったか先々週だったか、とにかくそれほど前じゃないいつか、おれたちは初めてキスをした。手を出さない、出されない約束なんてしていなかったから。その時、彼女のピアス穴は6つだった。キラキラと輝くピアスは安物で、おそらくこれからも増えていくのだと思う。黴菌がついたみたいだ、と少し後悔に似た気持ちになった。
 この片付けられない感情はたぶん恋か愛、それも他人には迂闊に教えられない秘めなければいけないもの。先が見えない、吐きそうな、

「悪い大人に捕まっちゃったなぁ」

 吐きそうなキスのあと、少女は楽しそうにそう呟いた。

「……なにも言えません」

 どうして笑っていられるのか分からなかった。妹には知られたくないこの関係の真っ最中に。
「ネズさんは悪い大人だなぁ」そういいながら彼女は器用にシャツのボタンを外していく。悪い大人の黴菌に犯された身体はそれでも青白く美しくて。喉仏の辺りに噛みつく。くっくっとまた笑い声。不安になる。別に罠に嵌めたわけじゃない。どうしても手に入れたかったわけじゃない。ただ少し道を間違えただけ。柔らかくて白い身体を這うおれの手は不健康に青白い。ああ、力で少女をねじ伏せていればどれほど気が楽だっただろうか。そんな力はないけれど。いまはどんなことを考えても自分が肯定されない。

「好きですよ、本当に」

 己に言い聞かせる。

「おれは本当にキミが好きです」

 嘘はついていないのに。
 言葉にしたら嘘になった気がして、ごまかすみたいにまた好きだといってみる。馬鹿正直に口から溢れる言葉たち。くすくす、少女はずっと笑っている。こんな会話に意味はない。さっきからおれたちはずっと無意味。

「困っちゃいますね、わたしたち」

 たぶんこの笑顔は嘘。
 導かれるようにまたキスをし、生温い身体を重ね合わせた。どうせ嘘で無意味なら、黴菌で汚れた者同士で夜を越せばいい。このまま死んだって誰も気にしないから。
 キラキラと輝くピアスが視界をかすめた。


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