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金魚撩乱(岡本かの子より)


 野苺のような可憐な香りを滲ませる、その溶けそうな白雪の肌は目眩がするほど狂おしい。月明かりを浴びて妖しく輝く素肌はまるで誘蛾灯。弾ける甘さを追いすがるおれはきっと哀れで見るに堪えないほど醜いんだ。そんなおれを愛おしげに眺める彼女は、この世で最も美しい生き物に間違いない。腕も胸もどこも、触れればすぐ壊れそうなほどの危うさを持っている。あえかに咲いた野薔薇の如き紅い頬、陶器の肌に傷はひとつもない。
 彼女は非力で、そのうえ大して学もない。それはおれも同じだった。おれたちはただひとつの力に因ってこの世に生くることを許されていた。おれは歌の力で、彼女はその可憐さで。例えるならば愛らしさのみで生を許される金魚のような存在だった。ただしおれは頭の大きな蘭鋳で、彼女は儚い土佐金。
 そして蘭鋳は土佐金の美に惹かれた。
 同じ生き物の筈なのに絶対的な美しさを誇る彼女が眩しくておれの猫背はますますひどくなるのだった。無邪気な彼女はおれに懐いてくるくると周りを泳ぎ、蘭鋳はなお以て萎縮するのだ。同じ生き物の筈なのに。おれはそれでも彼女の美しさから離れることはできなかった。美しさしかない女なのに、だからこそ抜け出せなくなっていた。頭も要領も悪い女は美しさだけでおれを翻弄した。
 おれは段々と追い詰められるようになり、唯一の生存価値である歌さえまともに作れなくなっていった。鱗が剥がれ落ちた蘭鋳に生きる価値はない。おれは必死で彼女の美しさを歌にした。いつかは滅びる美しさを永遠にするために歌を作った。くるくる泳ぐ美の化身をこの世に留めておきたくて。
 美は永遠ではない。彼女を生かしている美はやがて滅びるから、だから、
「お前は綺麗ですね、可哀想なくらい」
 絹のような髪を梳きながら呟く。指を通る滑らかな感触にぞくぞくした。言葉の意味が分からない彼女は振り向いてただニコニコ微笑む。「お前はとても綺麗です」ありがとう、と紡ぐ唇は嘘のように艶やかで吸い込まれるようにキスをする。この柔らかさも永遠ではない。おれはやるせなくなる。
 だからなにも知らない彼女を永遠にするために、先程飲んだ珈琲に少しだけ仕掛けをさせて貰った。
「大丈夫、眠るように死ねますよ」
 目を閉じる彼女にその囁きは聞こえただろうか。

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