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サンフランシスコ



 安全ピンを耳朶にぶっ刺した女は頭がおかしかった。シャロン・テートに目元がよく似ていた。
「サーカスが来るよ」
 譫言みたいにそう言ってガムを膨らませる。やるせない娘だった。
 サーカスなんてこの街には来ないのに。
 その娘はセックスが嫌いで、オレに抱かれるときはイヤホンでいつも音楽を聴いていた。なにを聴いているのかは知らなかったが「知らなくていいよ」の一言で気にするのをやめた。イヤホンを奪うと手に負えないくらい暴れるのでそれだけはどうにもできなかったが、顔色ひとつ変えずオレに抱かれるこの娘を、どうしても手に入れたかった。
「サーカスなんて来ねぇよ」
 いつも通り服を着たままセックスしながら、どうせ聞こえないのにそう言ってみた。
「なぁ、聞いてんのか」
 聞いてないよな。分かってる。
 ふ、と彼女の唇が笑った気がした。薄い唇だった。
 オレをこんなに苛立たせるのはこいつだけだ。笑っていてもセックスしていても、心のどこかでオレを嘲笑っているような雰囲気があったから。それなのにオレはこの娘がどうしても欲しくて手に入れたくてどうすればいいのか分からない。いままでは少し我儘をいえばなんでも手に入ったのに、彼女相手ではイヤホンを奪うことすらできない。
 音漏れが鼓膜に響く。また苛立つ。
「おい」
 プレイヤーに手をかけると、冷たくて細い指がそれを制するように動いた。セックスのとき、彼女は汗ひとつかかない。それも嫌だった。心も身体もオレのことを考えていないことが明白だから。
 サーカスが本当に来ればいいのに。
 そうしたらきっと彼女の心底喜ぶ顔が見られるのに。空気女や小人が来れば、イヤホンがなくてもオレの隣にいてくれるのに。
 たぶんオレは悲しいほど彼女に恋していた。

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