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不安、来た。




 よくあることです。心配ないです。若さのせいです。お大事に。
 無感情に渡された処方箋をくしゃりと握りしめた。薬局に向かう足取りは重い。もうずっと切っていない長い爪が掌に食い込んでくる。脳みそがまるで使いものにならないくらい硬くなっている気がする。皺になった処方箋、お金と引き換えに一ヶ月分の精神安定剤と睡眠薬を手に入れた。どうせ一週間で消費してしまう。ああ頭が重い。鉛でも入っているみたいだ。

「起きたらいなかったので探しましたよ。病院行ったんですか、えらいですね」

 這々の体でうちに帰るとネズさんがご丁寧にお茶を入れてくれていた。ギィ、とドアを閉める。わたしの身体みたいな軋み方だった。
 もつれる脚もそのままに、どっかりとソファに座り込んだ。冷める前にお茶は飲まないとな、と分かっているのにもう動けない。
 よくあることです。心配ないです。良くないですけど、問題ないです。お大事に。
 変な汗をかいているような感覚。額を拭ってみても特に濡れなかったので、たぶん心に汗でもかいたんだろう。

「紅茶でお薬飲んでいいと思いますか」
「いけないと思いますよ。飲みかけでよければペットボトルの水があるのでそれで」

 雑に置かれた「病院用の鞄」からお薬手帳を取り出しながらネズさんは応えた。確かにテーブルにペットボトルがある。あるのはわかる。でもそれだけ。ネズさん、と情けない声を出してみたら、彼は優しいので蓋を緩めてそれを渡してくれた。「薬はなにを飲みますか?」「シートがピンク色のやつです。シートでください」「駄目ですよ、オーバードーズしないってこの間約束したばかりじゃないですか。おれは厳しいんですよ」こんなに甘やかしてくれるのに、そこだけはしっかりしている。
 ペットボトルの結露が指を滑ってソファに染みを作った。嘘みたいに腕がいうことをきかない。お手元ご注意。

「一錠でいいですね」

 だらしなく横たわってしまったわたしからペットボトルを受け取って、ネズさんはお薬と水を口に放り込んだ。ずるいと思った。それはわたしのなのにと文句を言おうとしたら彼は真顔のまま近づいてきて、そのまま唇をわたしの唇に合わせた。冷たい水が口の端からつうっと溢れる。生温い舌が遠慮なしに侵入して、小さめの錠剤をわたしの咥内に押し付けた。ほんのり甘い。一瞬だけ唇を離し、同じように押し付けられた僅かな水で嚥下する。喉が動いたのを確認し、彼は改めてわたしに馬乗りになってキスをした。お互い、唾液と水でぐっしょり濡れている。口元ご注意。ネズさんの重い前髪がわたしの頬をくすぐる。口から出るのは笑い声のような、泣き声のような、少し恥ずかしい声。
 耳の奥に響く水音、いつの間にかふたりの指は絡み合っていて、鉛だった脳が僅かに融解する感じがあった。

「……薬、効いてきましたか」

 シャツの胸元を緩めながらネズさんは囁く。わたしが曖昧に返事をすると、ソファのスプリングがキィと小さく軋んだ。

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