「オマエ、アレと付き合ってんの?」 「……ヒトの彼女をアレ呼ばわりですか」 久々に顔を合わせたと思ったらキバナにいきなり突っ込まれた。呑気に両手を頭の後ろで組んでニヤニヤとおれを見ている。腹が立ったので問いには答えなかった。風に晒される向う脛を蹴り飛ばしたかったが、それも我慢した。 キバナは肩を竦める。「別に、オレはなにも気にしてないけど」意味がわからなかった。とぼけているわけではなく、本当に。 「なんの話ですか。勝手に話進めないでください」 さすがにスルーできなくて聞き返してしまった。彼はまた肩を竦める。 「だからさ、オレとアレが前に付き合ってたって、オマエそういうの気にしそうだなって思ってただけ」 アレ、たまにめんどくせーじゃん、と成人男性とは思えない口ぶりでキバナは言った。それはつまりおれの知らなかったことで、おれは馬鹿みたいに彼の他愛ない顔を見つめるだけ。表情で察したのか、キバナは慌てて口を押さえた。だが反省の色はゼロだ。目が悪戯っぽくくるくる動いている。 「知ってると思ってた」 「……知りませんでした」 「あ、そーなんだ、なんか悪い」 「別に、」 ――気にしませんよ。 「気にしねーの?」 気にしませんよ、の一言が出てこない。バレないように唇を噛み締めた。無言を肯定だと受け取ったキバナは更に調子づいて話を続ける。 「オレも最初は大丈夫だと思ったんだよ。でも実際半袖になってんのとか見たら引いちゃってさ。ふたりで乗り越えようなんて言ったんだけど無理だったわ。運命だと思ったんだけどな」 「……なんの話だか、わかりません」 半袖の下りで薄々分かっていたが、口が勝手にそう言った。分かりたくない、というのが多分本音なんだろう。 「わけあり物件だぜ、アレ」 励ますようにおれの肩をぽんと叩いてキバナはニヤリとした。「つーかまだヤってないんだ」と小声で嘯いたのを聞き逃しはしなかった。さすがにそれは無視できなくて衝動的に胸倉を掴んだ。 「なんつった、オマエ」 「ははは、大人なんだからスルーしろよ」 「出来ることと出来ないことがあります」 「繰り返されるのもヤだろ?」 「もう二度と彼女の話はしないでください。絶対。永遠に」 「はいはい」 怒りに震えるおれの腕をキバナの無骨な手が掴む。 「運命の出会いだとか、思ったか?」 舌の根が乾かぬうちに。 反対の手で思いっきり殴りかかった。避けられることを想定していた非力な拳がキバナに向かう。ふだんマイクスタンドくらいしか握らない腕だ。ねじ伏せられてもおかしくなかった。 けれど意に反して、キバナはあっさりおれに殴られた。反動で身体が後ろに揺らぐ。ふたりして転げそうになった。おれはギリギリのところで止まる。彼はひとりですっ転んだ。 「いてー」 全く効いてなさそうだが、初めて人を殴った拳が痛んだ。 「じゃ、これでこの話はほんとにオシマイな。オマエは契約完了おめでと」 転んだ際の汚れをぱたぱたと叩きながらキバナはまたニヤリと笑った。おれはまだ腹が立っていたがなにも言えなくなってしまったのでただ拳を握りしめて立っている。この後彼女にどんな顔で会えばいいか分からないまま。 - - - - - - |