×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




幸福な関係

「最近料理に目覚めたんだけど」
「おう。えっ!?」
「そんなびっくりするかなぁ」
「いや、ちょ、あ、待て待て待て、あーっ」
 油断した一瞬でオレのピカチュウがプリンに小突かれ、呆気なく吹っ飛んでいった。リザルト画面で踊るプリンと同じような奇妙な動きをしつつ友人はまた「料理するのが楽しくなってきたんだよね」と言う。
 インスタントでも三分待てずに「なんか固い」と文句を垂れながら食って、オーブンとレンジの違いもよく分かっていないコイツが? オレだってそこまでするわけではないがコイツよりは遥かにマシなはずだ。じゃあ驚くし、笑う権利もある。
 オレの薄ら笑いに気づいたのか彼女は「疑ってるぅ。写真見る?」とスマホを取り出した。
「これがこないだの肉じゃがで、これはなんだっけ、とりあえずおいしかった野菜と肉のやつ、これはムニエル」
 見た目こそそんなによくないがそれなりの写真がスライドで流れてくる。凝視してテーブルの向かいに誰か写り込んでいないか確認したがどの飯も一人前らしい。つまり誰か男のために作っているというわけではない。よし、それならよかった。
「よくできてる、と思う」
 ほっとして、褒め言葉が疎かになる。言ってからもっとやる気になるよう大袈裟に褒めるべきだったかと不安になったが彼女は気にしていないようだ。踊ったまま「そうだ、今日はわたしが晩ご飯作ってあげるよ!」とさも名案のように目を輝かせた。
「カレー作ろうカレー、カレー。ちょうど食べたかったし」
「……オレ昨日カレー食ったんだよなぁ……」
「でもわたしのカレーは食べてないでしょ。イヤ?」
 手料理。手料理か。悪くない、むしろいい。そういうことを平気で言うから単純なオレはますます彼女を好きになってしまう。オレたちが恋人同士ではないという点を除けばいまの関係性はまさに最高のものだった。
 ある程度自炊するからキッチンにある程度のストックはある。野菜も肉もカレールーもあるのでいますぐにでも作り始められる状況だ。ルーが甘口でないとぼやかれたが無視した。
「あれないよ、あれ、さっき食べたやつ、白いの」
 背筋がぞわっとしたがすぐにヨーグルトだと気づく。「オマエ、ヨーグルトって言葉忘れるんだ……」「えへへ」笑って誤魔化された。
「隠し味に使うんだけど……あ、いまのなし! ヨーグルトどこ?」
「オマエが食ったので終わりだよ」
「じゃあ買ってきて」
 そう言われてしまえば召使いのオレは買い出しに行くしかない。ブランドに指定はあるか問うと首を傾げられた。なんでもいいということだ。ちょっと歩けば品揃えのいいスーパーがあるが、コンビニならマンションを出てすぐ向かいだ。こだわりがないならコンビニでいいだろう。スニーカーを履いていると後ろから「高いやつでいいからねぇ」と聞こえた。ふつうそういうときは「安いのでいい」って言うだろう。バカすぎる。そんなところが可愛くて仕方ないオレも大概だ。
 彼女がオレのために手料理を振る舞ってくれる。オレのためじゃなくて自分がやりたいだけかもしれないけど、まあそれはそれ。その事実で胸が弾んで口角が上がったまま戻らない。にやけたままコンビニに行くわけにもいかないので深呼吸し、逸る気持ちを落ち着かせる。エントランスの鏡で顔を確認してからコンビニに向かった。
 金には困っていないが、選択肢がないうえに高く買わせるコンビニは好きではない。プライベートブランドのものは大抵旨くないし嫌いな人工甘味料が使われている。だから迷わずいつもスーパーで買っている銘柄を二割増しの値段で購入した。ついでにプリンやケーキも買っておく。アイツのご機嫌のために。
「ただいま」
「おかえりぃ、早かったね」
 いまのやりとりは新婚みたいでよかった。またにやけそうになるのを抑え込む。
「いいの買ってきた?」
「これしかなかった」
「うむ、いいでしょう。キバナは座ってていいよ、ゲームとかしてて。あ、キッチン借りるね」
 物事の頼み方がおかしい。けれどそれは指摘せずお言葉に甘えて電子書籍を読むことにした。本当はガン見していたいが、たぶんそれは「もー! 見られてるとできない!」とかなんか言って臍を曲げられるに違いない。
 野菜を切る音、肉と炒める音、おそらくオリジナルのカレーの歌。それらをBGMに小説を読み進める。ことこと、ことこと。幸せな時間だ。これが一生続けばいいのに。
「キバナー! お皿ー! どこー!」
「ん」
 幸せすぎてうとうとしていたらいつの間にか部屋にカレーのいい匂いが広がっていた。慌ててキッチンに行き上の食器棚からカレー皿をふたつ取り出す。どうせ彼女からは手が届かなかっただろうから呼ばれてよかった。「炊き立てのご飯はいい匂いだねえ」幸せそうな顔を見るとこっちも幸せになる。洗い物や片付けはあとにして、ふたり席につき「いただきます」と声を合わせる。まったく、幸せで豊かな空間だ。
「か……かっらい! 辛い! 辛い辛い!」
 と思ったのも束の間、今度は辛い辛いと喚き始めた。「オレにはちょうどいいけど」「信じられない、辛すぎるよ、なにこれ」漫画みたいに口から火を吐きそうだ。おかしくてさすがに笑ってしまう。
「ヨーグルト入れたのに。足りなかったかも」
「あー、そういう隠し味?」
「まろやかになるんだけどなあ……ちょっとこれにヨーグルト入れてきてくれない?」
 これ、と差し出されたのは彼女のカレー皿。やれってか。やるけど。
 オレにやらせるっていうことはつまり、そうだ、そうなる。
 テレビをつける音がしたので「あれ? どこにあるんだ?」と小芝居をしながら身を屈めた。ヨーグルトを小皿に出し、ジッパーを下ろして、半分硬くなっていた性器を取り出す。昨日の夜を思い出す。ソファで寝落ちしていたからブランケットをかけてやったが、相変わらず下着を着けていない胸が呼吸に合わせて大きく動いていて、オレはすぐにオナニーした。襲ってしまわないように、自分を戒めるために、というのは建前でただただ快楽のために。臆病者なのだ。幻滅されたくなくて傷つけたくなくて結局遠回りして気持ちの悪い行為に及んでしまう。いまもそうだ。
 もし昨晩襲っていたら――もしアイツもそのつもり≠ナオレを受け入れたとしたら――このうえなく幸福なセックスを空想して性器を扱く動きが速くなる。「ッく、う」キバナ、っていつもとは違う甘やかな声で呼んで、細い腕で抱きしめられて――柔らかい太腿を掴み脚を大きく開かせる妄想で達する。手のひらいっぱいに精液をぶち撒けた。小皿にそれを落とし、ぐちゃぐちゃに混ぜる。
 昼にも同じようにして彼女に精液を食べさせた。もう何ヶ月も続いているのに全然気づかれていない。もちろん気づかれない方がいいに決まっている。もし自分が食べているものに誰かの体液が混じっていたら? 誰だって気味悪いだろうし、なにより、嫌われる。罵声を浴びせられるだろうか。殴られてもおかしくないだろう。それか泣かれるかもしれない。ああだめだ、想像するな、そんなことを考えると――また下腹部が痛いくらいに熱くなる。「はぁ、あ……あ、」小さく喘ぐ。どんな風に泣くかなんて飽きるくらいに妄想した。怯えて泣いても、怒りながら泣いてもきっと可愛い。可愛くて可愛くて食べてしまいたいほどに。
「う……ぐッ」
 二度目の射精は量が少なかった。同じようにヨーグルトに混ぜてカレーにかける。それだけでは不安だったので付け合わせとしてつまみに取っておいたチーズも乗せておいた。
「はいよ、食ってみろ」
「わーい」
 銀色のスプーンがカレーを小さい口に運んだ。「おいし」食べやすくなったのかどんどん食べ進める。「うん、これならちょうどいいかも」ぱくぱく、ぱくぱく。オレは見入ってしまって自分のカレーに手がつけられない。「まだちょっと辛いけど、これくらいなら大丈夫」最後の大きな一口。
「ごちそうさま!」
 ぺろ、とピンクの舌が唇を舐めた。それがエロく感じてしまってますます動けなくなる。しかしオレがここで食わないのはあまりに不自然だろう。一定のリズムでカレーを口に放り込み、うまいとか野菜のカットが上手だとか適当に嘘ではない言葉を並べやり過ごした。
「もっと褒めていいんだよ?」
 褒めると調子に乗るところも可愛らしい。いつものことだが今日は特に機嫌が良いようだった。
「プリン買っといたぜ」
「ほんと? さいこー、キバナ大好き!」
「オレも好き」
 この会話も機嫌がいいときのいつもの会話だ。特別な意味はない。
「幸せー」
 冷蔵庫からプリンを出し、にこにこでまたテーブルにつく。無邪気で、子供っぽかった。
 オレも幸せ。今日も自分の悪趣味を発散できたし、彼女を襲わないで済んだ。いまは幸せ。まだ幸せ。この関係がいつまでも続くのは、たぶん、幸福なことだ。

- - - - - - -