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Doos Dronk


 分厚い覆いがされた窓越しに最終電車の警笛が聴こえた。
「もうこんな時間なんだ」
 スマホで時間を確認してなんとなくそう言った。シャワーを浴びてきたネズくんが「何時ですか」と問いかける。「一時になるところ」普段は日付が変わる前に寝るようにしているから、こんな時間にこんなところにいるなんて信じられない。ラブホテルなんて何年振りだろう。システムや料金なんか全部忘れてしまっているからネズくんに全部任せた。そう、しかも、相手はネズくんだ。信じられない。こうなるとは全然思わなかった。まさかこんなことになるなんて。誰と誰がどこでどう?――ネズくんとわたしが、終電後に、ラブホテルで、ふたり――国語の長文問題みたいだ。簡単だから配点は五点くらい。
「換気扇が壊れてて動かねえ、最悪ですよここ」
「見た目は綺麗だったのにね」
「ガワだけ新しくしたんじゃないですか」
「でもまあ、安かったし、妥当じゃない」
 そんななんでもない会話をしながら、わたしはちょっと、いや、かなりドキドキしていた。
 ネズくんとの付き合いは結構長い。特別仲がいいってほどでもないけれど、月に一度は一緒にライブに行ったりなんとなく飲みに行ったりする。お互いがお互いについてそんなに興味がないちょうどいい距離感で、可もなく不可もなく、そこそこの友人関係。親友ですかと訊かれればたぶんそうですとわたしもネズくんも答えるはずだ。
 ネズくんが小さい冷蔵庫からミネラルウォーターを二本取り出し、片方をわたしに投げた。「温い」また文句を言っている。
「あ……わたしもお風呂」
「どうぞ」
 ペットボトルを持ったままで浴室に向かい、緊張を悟られないようになんとなく彼から顔を背けた。特に視線を感じることはない。ネズくんはたぶんいつもと同じように自然体で、この状況もそんなに深く考えていないんだろう。そう思うと癪だ。
 シャワーから出る温い湯を胸に浴びながら少しぼうっとする。いい意味でも悪い意味でも、夢みたいだ。夢心地ってまさにいまのような気分のことだと思う。この後どんな話をしよう。乳白色のお湯に浸かり、手慰みにサイドのスイッチをぱちぱち押してライティングを変えてみる。ピンクになったり青になったり赤になったり、湯船がライブハウスみたいだった。
 あんまり考えても仕方ないのでもやもやを振り切って風呂を出る。ネズくんなら大丈夫、きっと全てをスムーズに進めてくれる。慣れてそうだし。知らないけど、バンドマンって女遊びとかたくさんしてるだろうし、モテるだろうし。そもそもわたしがいまここにいるのも、ネズくんが終電逃すほどお酒を飲んでいたせいだし――わたしって正当化がかなり上手い気がする。
「随分遊んでましたけど」
「え?」
 下着にタオル地のローブだけで戻ると、ネズくんは半笑いっぽい顔つきでわたしを見た。
「照明が変わるのそんなに面白かったですか」
 思わぬ言葉に面食らって返事ができない。さぞ間抜けな顔だったのだろう、彼は笑って「いえ、子供みたいだったので。馬鹿にしてないですよ」とわたしの斜め後ろを指差す。振り返ると背面は大きな硝子張りでまた言葉を失った。
「……見てたの?」
 咎めようと思ったのに羞恥が勝ったせいで小声になる。
「見えたんです」
 飄々と言ってのける彼はやっぱりこういう場面に慣れているようだ。わたしは「ひどい」とぶつくさ言いながら、ベッドの端に座った。ネズくんと少し距離を置いて。
「意外と恥ずかしがるタイプなんですね」
 でもネズくんが豹のようにしなやかに近づいてきてあっという間に逃げ場がなくなった。まだ心の準備ができていないわたしはみっともなくベッドに上がり込んで膝を抱えて座る。
「いやあの、恥ずかしいっていうか、なんか」
「はい」
「や、あの、なんでこうなったのかなーって……」
 笑いで誤魔化そうとしたのにネズくんは表情を変えずに言う。
「セックスしたかったからですよ」
「え」
「おまえが」
「え?」
「おまえ、おれとしたかったくせに」
 ストレートな物言いになんと返事すればいいのか分からなくなる。したくない、というと嘘になるし、したいというのは恥ずかしい。年甲斐もなく少女みたいにもにょもにょと口籠る。
「おまえはおれをタクシーに乗せて帰らせることもできたんですよ。大人なんだからそれくらい考えつくでしょう」
「だ、だって」
「ここを選んだのはおまえです。おれはついてきただけ」
 肩を掴まれてやや強引に押し倒された。心拍数が上がって目の前がちかちかする。ネズくんがわたしに跨り、ベッドサイドの照明のつまみを捻った。部屋全体が薄暗くなる。
「おまえの考えることくらい分かります」
 ネズくんの顔が近づいてきて反射的に目を瞑ったけれど、唇はわたしの耳元を掠めた。ぞくぞくと身体が震える。
「だってほら、おれたちは親友ですからね」
 言い訳もできず、わたしは首を曖昧に動かした。そう、わたしたちは親友――さっきまではそうだった。これからどうなるのかはあまり、考えたくない。

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