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パレードの日


 変わっているねと言われるのがとても嫌いだ。飯を(他人から見れば)満足に食わないのも床で寝ても平気なのも、おれのせいじゃない。おれと、おれのなかにいる別のおれの仕業だ。
 小さい時分からそうだった。いやいや着せられたスモックをすぐ脱いでどこかに隠したり先生のピアノに合わせて歌わなかったりすると「ネズくんは変わっているから」という言葉で片付けられる。認められたかったわけではないが、そんな風にいわれると歯がゆいような気持ちになった。おれだってみんなと同じになれるならなってみたい。でもできないのは、おれのなかにいる昏い誰かが原因のはずなのだ。
「それ、分かるなぁ」
 どこで出会ったかは忘れてしまったが、最近よく会う女がアイスコーヒーのグラスに突き刺したストローをからからまわしながら大きく頷いた。
「多重人格ってほどじゃないけど、わたしとは別のわたしが頭の隅で笑って見てる気がするんだよね。ばっかみたい、って」
 そう――そうなんです!と大きな声で同意しかけ、飲み込む。代わりに思い出話をもうひとつした。
 ローティーンの頃、家の近くでパレードがあった。なんのパレードだったかは覚えていない。派手な格好の人間がたくさん並んでいた。幼い妹が見に行こうとはしゃいだので連れて行ったのに当の本人はすぐ飽きてとっとと帰ってしまった気がする。おれはすぐ帰らずその退屈なパレードをじっと眺めた。周囲の人間は楽しそうだったのが、寂寞を募らせる。頭の隅では別のおれがそれを軽蔑し、早く帰ってギターでも弾けと囁いていた。そのおれに従うのが癪だったのだ。パレードは本当に馬鹿らしく、それ以降はまったく見ていない。おれとおれのなかのおれはああいう大袈裟で派手なものが嫌いだ。
「気は合うんだよね、もうひとりの自分と」
「そうです。本当のおれがしたいことをしたがるんです、そいつは」
 まるで分裂病の人間の会話だ。ひとが少ないカフェでよかった。
「じゃミュージシャンをしてるのはどっちの意思?」
「おれです」
「どっちの?」
「……どっちもおれですよ」
 意地悪な質問を適当に濁す。納得したのかどうでもいいのか、彼女はまた大きく頷いて財布を取り出し、コーヒー代を乱暴に放り投げた。「また明日ね、ネズくん」ライブ行くからとウィンクされ、おれとおれのなかの別のおれがふたりとも心を踊らせた。



 事前に調べなかった自分が悪いといえばそれまでだが、最悪のハコだった。デカい柱に邪魔な花道、柵はいつ崩れてもおかしくないくらいにぼろぼろで、乱暴なおれのファンが暴れたらひとたまりもなさそうだ。リハの最中何度も何度もため息を吐いた。昨日の彼女はきっと来る。こんなところにでも来る。それはとても嬉しくて、同時に別のおれが嘲笑うことでもあった。そんな小さいことで喜ぶなんて簡単な男だ、と。そうだよおれは簡単なんだよ、と言い聞かせる。
「あのぉ、今日よろしくお願いします」
 対バン相手が挨拶しにきた。メンバー全員の髪色が違って目がちかちかする。信号機みたいだ。「うちのファンがもしかしたらなんか失礼なことするかもしれないんで」赤信号が頭を下げた。はあどうもとか生返事をして追い出す。新曲の歌詞を頭に入れるだけで精一杯だったのだ。
 結局出番ですよと急かされるまでずっとタブレットと見つめ合い、慌てて楽屋を出る羽目になった。明るくなりつつあるステージにギターを持ってのそのそ向かう。だいたいおれはフロアの方は見ない。足元を見るだけだ。でも今日はフロアを見ざるを得なかった。なにか、鮮やかなさざ波が立っているように見えたからだ。驚いて顔を上げると赤や青や黄色のなにかがちらほらと輝いている。
「それ、なんですか」
 手前の知らない女に問いかける。女は不思議そうにこれはペンライトですと答えた。すると違う方向から対バン相手のグッズだと説明があり、また別の方向から好きなメンバーの色を振るのだとご丁寧な補完も頂いた。
 なんだそりゃ、ダサすぎる、馬鹿みたいだ。
 くらっと来てマイクに寄りかかる。一部の客がペンライトをピンク色に光らせた。そして「ネズー!」といつものコール――さらにくらくらする。
 こんなの、あの日のパレードとまるで同じだ。大勢の派手な人間に囲まれたおれはあの日の主役そのものではないか。
 さざ波のなか、もうひとりのおれがそうだよおまえは軽蔑される側の人間になったんだよと耳打ちする。
 ふと気がついていつも彼女がいるエリアを見やる。ピンクのペンライトを持った彼女がにやにや笑って立っていた。もうひとりのおれと同じ、小馬鹿にするような笑みを浮かべていた。
 歌詞は全部吹っ飛んで、その後の記憶はまるでない。ただひとつ思うのは、もうひとりのおれとは訣別も和解もしばらくできそうにないな、ということだった。それと、彼女はおれとはもう会ってくれないだろう。あれ以来パレードを見ていないおれと同じで。

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