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いつもの


 ぱち、と目が覚めた。
 いつもの中途覚醒だ。
 冷たいシーツと大きすぎる枕に自分の部屋でないことが瞬時に分かる。ベッドサイドをまさぐり、チェストとランプに触れた。それから独特の硬いボタンが並んだパネルに行きつき、自分がラブホテルにいると判断する。
(――またか、またこのパターンだ)
 真っ暗ななかで眉間をおさえた。隣にいる女は誰だろう。ただの友人、もしくはセックスだけする友人、或いは熱心なファン、もしかしてその辺で引っ掛けた適当な女か。いずれにせよ碌なもんじゃない。
 小さい明かりを点け、確認しようと横を見る。おれに背中を向けたその女はとても小柄で、自分を抱きしめるようにして身体を小さくしていた。
 ずきずきと頭が痛む。酒だろう。ついでに薬もやっているかもしれない。
 まったく、よくあるパターンだ。遡ればそういったエピソードはいくつもある。おれのせいじゃない。おれを動かす、発想力が貧困な人間のせいだ。少なくともおれはそう感じている。作家は自分が経験したことしか書けない、というのは半分は正解なんじゃないかと思う。
 そろそろ女が目を覚ましてなにか言う頃だ。悲鳴を上げるか、甘えた声を出すか。それで女がどの立場にある人間か判断できよう。わざとらしく咳をしたりシーツを引っ張ったりしてみる。女は動かない。
(まさか、)
 こいつ死んでねぇよな。
 目が覚めたら隣で女が死んでいた――ミステリーかホラーの導入だ。なるほど、新しい試みかもしれない。長編のプロローグだったらいい掴みだ。
 せめて顔は確認しておきたい。明かりを大きくし、女の肩を揺すぶる。
「ん……」
 僅かに反応があった。生きている。おれは安堵し、大きく息を吐いた。隣のデジタル時計を見ると午前三時。何時にもつれ込んだか知らないがいい時間だ。起こされるとこんな不機嫌な声も出る。
「もう、やだ」
 おれに背を向けたまま、女はなにかを探して手をばたつかせた。「スマホ」小さい声でそう言われたので充電していた派手なケースの方を渡す。おれを見もせずそれを受け取り、女は「まだ三時じゃん」と文句をつけた。
 この話し方からすると相当距離が近い人間だ。落ち着き方からしてファンでもなさそうなので、今日はいつものセックスフレンドとホテルにいる、ということを軸に話が進むに違いない。お決まりのストーリーだ。この書き手はそういった不健康な話を好むし、読み手にも好事家が多い。おれだって嫌いじゃないので、と言いたいが、これは果たしておれの意志といえるか否か。
 文句に返す言葉もなかったので煙草を探す。床に脱ぎ散らかしてあるアウターのポケットからライターが見え、のそりと動いて拾い上げた。空気は冷たく、乾燥している。季節がよく分からない。ベッド脇の小さいテーブルには灰皿があったが、吸殻はなかった。
 おれが煙草に火を点けても女はなにも言わず、長い爪でディスプレイを叩いてなにかを熱心にチェックしている。いまどきの娘だ。きっとおれより少しばかり年下で、もしかしたらファンから昇格したタイプかもしれない。
「一本要ります?」
 様子見で煙草を差し出す。「ううん、禁煙してるから」女はまだこっちを見ない。少しだけ舌足らずな感じがする。
 ベタベタしてこず、おれよりスマホの向こうにいる人間に興味がある、けれどセックスは確実にしている――女の正体はまだ分からないが、書き手の考えはなんとなく読めた。どうやら書きたい要素だけ思いついて、あとはなにも考えてないらしい。おれは顔には出さず呆れる。
「ネズも禁煙してるんじゃなかったの?」
「え?」
 急な問いかけに驚いて変な声が出た。 
 今日はそんな設定があったのか。気づかずいつもの癖で一服してしまったのに。
 しかしおれは確かに煙草をポケットに押し込めていた。ライターも。つまりおれは女に宣言したうえですぐその禁を破るような不真面目な男なのだ。いつものことともいえる。
 いまの会話を踏まえると、この話は純愛路線ではないな、とおれは考えた。おれたちのドライなやりとりからしてとっくにその可能性は薄れていたが、万が一ということがある。例えば長く沈黙が続いたあと、おれか女が「本当はこんな関係を望んでいない」だの「恋人になりたい」だのと言い出すものだ。まあ、そういう話はおれよりキバナの方が向いているのかもしれない。ダンデでもいい。
 まだ女の顔ははっきり見えない。声や所作は嫌いではなかった。おれが好ましく思うような女を配置しているはずなのだから、それは当たり前のことだ。こちらを向いてもたぶん可愛いと思うような顔のつくりをしているはず。
 次に女はなんと言うか。おれは二本目の煙草を弄びながら考える。「もう一回する?」とか「シャワー浴びてくるね」とか、その辺りだろう。
(三時半――)
 起承転結でいえば承の箇所がずっと続いている気分だ。なんの進展もない。
「アラームで起きなかったら起こしてね」
 億劫そうにそう言い、女はまた自分を抱きしめた。「ねむい」その一言はおれに向けたものではなくただの独り言のようだった。
「ちょっと……」
 このままではただおれが夜中に目を覚まして、女を起こして、不機嫌にさせただけで終わりだ。そんな話のなにが面白いんだ。せめてなにか、おれたちの関係について少しでも明らかにするなにかがほしい。それによっておれはこのあとどうするか考えなければならないのだ。また女の肩を掴んで軽く揺さぶる。
「うるさいな、あした彼氏の家行くんだから寝かせてよ」
 とにかく煩わしい、という調子で女が応えた。そして二度と手を出されないようにおれから思い切り距離を取り、ベッドの端で身体を丸める。
 本来ならおれは女の意思を無視し、キスして身体に触れて無理やりにでもセックスして、翌朝盛大に遅刻して焦る様子をにやにや眺めるのだろう。セオリー通りに事を運ぶならそうなる。
 だがおれは動けなかった。動く気になれなかった。あまりにもいつも通りで面白くないと思ったからだ。
 だからおれも再びシーツに潜り込み、眠ることにした。
 つまり、この話はここで終わりだ。正真正銘つまらない話である。おれが夜中に起きて、女を起こして、不機嫌にさせて、また寝るだけ。たまにはそんな日もある。たまたまそれが今日だっただけだ。女がセックスフレンドというのも、まったくいつものことだった。

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