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最悪サンドイッチ


「素晴らしい、労働力不足が一気に解消されますね。なるほど。我が社の技術力と科学力はきっと世界一だ。人体実験は済ませてあるかな?」
「ポケモンでの実験は済ませてあります。人体ではまだ」
「では身体が丈夫そうなヒトで試してみましょう。なに、エナジードリンクみたいなものだ。心当たりがあるので渡してきます」



 マクロコスモス社の新製品サンプルを一気に飲む。口のなかで爆発が起こったのかと思うくらい強い炭酸に咳き込んだ。エナドリを飲み慣れているオレでも咽せるのだからあまり一般ウケはしなそうだ。甘酸っぱいようなありふれた味はいいが、この炭酸は強すぎる。涙目になって息を整える。なんだこりゃ、あのオッサン自分で飲んでねえだろ。
「あれ、帰ってたの。ただいまくらい言えばいいのに」
 階段を降りてくる恋人にただいまと返事をしたいのにまだ喉がちくちくする。なんの成分が入っているのかラベルを読もうとして、視界がぼやけていたので目元を擦った。
「おかえ……り……? なに、え?」
 困惑した声に顔を上げる。部屋の入り口で立ちすくむ彼女と、オレの間にもうひとりいた。誰だ。オレだ。紛れもなくオレが立っていた。いつものパーカーにいつものジャージ、髪型もピアスも全部オレ。てことは、いま涙目のオレは?
「えと……メタモン、じゃなさそう、だけど……キバナくんのそっくりさん?」
 真ん中のオレが彼女とオレを交互に見て「ただいま」と頓珍漢な受け答えをし、大きく腕を広げて彼女に抱きつきにいった。小さく悲鳴を上げた彼女が避けようとして後ろに倒れる。「おい!」「あぶねぇなぁ」オレが近寄るよりも早く、もうひとりのオレがそれを抱き留めた。
「ヒトの彼女に触んなよ、オマエ誰だよ」
 凄んでみても向こうは怯まなかった。それもそうだ、自分と同じ顔がどんな顔をしたって怖いはずがない。それどころかへらへらと改めて彼女を後ろから抱きすくめる。
「……キバナくんだね、これ」
 彼女が神妙な顔つきになった。ムカつく、なんだよそれ。「説明がめんどくさいとき、キバナくんこうやってごまかすもんね」思いもよらない攻撃にまた咽せる。
「そー、説明がめんどくさいんだよ、オレもよく分かんないし」
 信用ならない笑みを浮かべたオレを睨みつつ、変わったことといえば試供品のエナドリを飲んだことくらいだと説明する。説明になっているかは不明だが、それしか理由がないのだから仕方ない。
 はあ、と彼女が大きく溜め息を吐く。「消えろっていうのも可哀想だし……どうしたらいいわけ?」そんなのオレが聞きたい! 目の前に鏡があるのに、鏡のなかの自分がまったく違う動きをしているようでどうにも不気味だ。
「食費が増えるのも――ん、うッ」
 頭を抱えそうになったら向こうのオレがいきなり彼女にキスをした。後ろから顎を掴まれて唇を奪われた彼女が目を白黒させる。オレもビビってふたりを引き剥がそうとするけれど、案の定びくともしない。力はイーブンだ。むしろ彼女にしがみついている分、ややこしい。
 見せつけるように舌を出して小さい口のなかを犯し、彼女の息が上がるまでキスをする。ほとんど羽交い締めみたいな体勢で捕まっている彼女は爪先立ちで苦しそうだ。「んっ、ふぅ……っ」鼻にかかるような甘い声を聞いた途端に頭に血が上るのを感じた。
「放せよテメェ、なにしてんだ!」
 力任せにふたりを引き剥がす。唾液を垂らしたままオレが濡れた唇を歪めた。「いいだろ、オレなんだから」ああ最悪。性欲剥き出しのオレってあんなに気持ち悪い顔してんのか。反省しよう。
「なんなのほんと、マジで……」
 洗い呼吸を繰り返す彼女が力なく床に転がる。うつ伏せで「もーやだ……キバナくんといるとロクなことない……」とぼやくから慌てて抱き寄せようとしても向こうの方が早かった。笑顔のままで覆い被さり、うなじ辺りにたぶんキスをする。びくん、と彼女の身体が震えた。その次に右耳にかじりつく。「あ、やだ、なんで」床をひっかく指先をそっと掴んだ。やっとできたことがそれだった。
 向こうのオレが彼女の耳たぶを噛んで、穴のなかに舌を突っ込む。わざとらしくぴちゃぴちゃと音を立てて舐められると彼女がまた甘く鳴いた。「そこだめ、キバナくん……っ」呼ばれるのはオレなのにオレじゃない。口のなかがカラカラだった。やめろよ、とまた言う。説得力のない声だった。向こうのオレが「イヤ」と当然のように答えた。
「はは、濡れてんじゃねえか」
 起き上がろうとする身体を押さえつけて下腹部に触れたオレがまた嫌な顔で笑った。「やだぁ……!」いつもベッドで聞く声に背中がぞくりとする。逃れようとする彼女がオレの腰にしがみついた。息が熱い。マズい、ヤバいってこれ。
「……うぅー……」
 彼女が唇を噛んでオレを見つめる。「ごめん」小さく謝った。「なんでぇ……」「しょうがねえだろ……」興奮したら勃つのは男の性だ。目の前で恋人が可愛く喘いでいる光景に耐えられるはずがない。しかもオレの名前を呼んでいるのだ。こっちのオレじゃないとしても、名前は変わらない。
 オレの顔をした男が彼女の腹の辺りを抱えて四つん這いにさせる。「指入れてい?」なぜか今度はオレに問いかけた。困惑してなにも言えないでいたら粘ついた水音が聞こえ始めた。「んっ……う、あ……っ」さらに強く抱きつかれて股間が痛くなる。ぐちゃ、ぐちゃと規則正しく指を動かして反応を伺うオレはとても楽しそうだった。ほんと、イヤになる。
 しばらくそうして虐められていた彼女は顔を真っ赤にしてずっとか弱く喘いでいた。フローリングのせいで剥き出しの膝も赤くなっている。痛そうだなとふと思ったら、向こうのオレが「よいしょ」と彼女の身体を抱き起こした。考えることもタイミングも同じだ。
 胡座をかいたうえにふた周りくらい小さい身体を乗せ、シャツのしたに手を入れて胸を掴もうとするのを既で止める。そろそろ彼女の身体に触れたかったから。
「んっ、ん……、ん」
 やんわり右胸に指先を滑らす。抵抗されなかった。むしろ物足りないというみたいに潤んだ目でオレを見る。赤い唇。覗く舌。蜜のようにぎらりと輝く唾液。胸から首に触れ、唇をなぞった。柔らかい舌が指先を舐める。導かれるまま熱い口のなかに指をねじ込んだ。「ん、んんぅ……っ」眉根を寄せた彼女がいやいやと首を横に振る。それでもオレの手をどけようとしないのが嬉しかった。上顎を擦るように撫でて舌を摘まみ、溢れた唾液を親指で拭う。可愛いと思った矢先に「かわい」ともうひとりのオレが囁いた。
「ここ、すげーぬるぬる」
 暴かれた下腹部を執拗に指の腹で嬲り、意地悪なことを言いやがる。自覚がないだけでオレも言ってるんだろうな。ごめん。ほんとマジでごめん。イヤな男だオレって。
「まって、ま、って、あ……!」
 興奮したりうんざりしたり忙しくしていたら見覚えのあるものが彼女のそこに宛てがわれていた。「ゴムつけろよな」「いつもつけねぇし」その通りだから反論できない、クソムカつく! 歯軋りをして目の前のオレをただ睨む。
 考えることがどれだけ同じでも身体の感覚は共有されない。彼女のなかにオレが入って、彼女が仰け反って喘いでも、どれだけふたりが息を乱してもこっちのオレの股間は痛いままだった。
「キバナく、ん、う、うぅ、っ」
 名前を呼ばれても反応できない。本当に途方に暮れていた。
「あーヤバいすぐイく、無理無理」
 下品に腰を動かしながらオレが上擦った声で呻く。彼女がそれに合わせて喘ぐのを聞くと混乱して頭がおかしくなりそうだった。「キバナくん、キバナくん……ッ」彼女が必死になって手を伸ばしてくる。蜘蛛の糸にでも縋るような眼差しに喉の奥がきゅっと締まった。見ていられなくて目を瞑る。これは悪夢だ、悪い夢、バグみたいなもん。耳障りな声も音もすぐなくなる。さん、に、いち……ああダメだ、まだ聴こえる。オレってイくっつってからが長いんだよな。真っ暗な視界のままこれが終わったらどうやって殺そうか考える。
「ぐ、ぅ……ッ」「やあ……っ」
 低い声と甲高い声が重なった。恐る恐る目を開ける。膣から白い体液を零した彼女がぐったり倒れていた。最悪の置き土産だ。
「だ、大丈夫か……?」
 心の底からうんざりという様子で彼女は天井を見上げていた。
「……もう二度とワケ分かんねえもの飲まねえから……」
 情けなく呟き、彼女を抱きしめた。汗ばんだ肌が密着する感触は嫌いじゃないけどいまは気が滅入る。
「……マジでなんなの……」
 それはこっちの台詞だ、と思った。



「なんですこの書類の山は」
「くだんのドリンクですが、倫理、道徳に悖る、人権軽視である、人文社会的側面から商業販売すべきではないと研究チームから声明が届いています」
「そうかあ……新技術とは常にそういわれるものだ。別のものを考えましょうか」
「――そういえば人体実験はいかがされましたか」
「ああ、あれ、どうしたっけ。誰に頼んだか忘れました。どうせもう使わないものなので、どうでもいいですね」

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