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リトルミススティッキー


 恋人は悪趣味だ。
 もう死んだ独裁者が実は地球の裏側で生きていて世界征服を企んでいると大真面目に検証している雑誌を定期購読していたり、ナショナリズムを強調するコメディアンの講演会に足繁く通ったり、鮫のゾンビが空飛ぶ映画を観ながらポップコーンとコーラを嗜んだりする。
「ポゴ、パッチ、ご飯だよ」
 自殺した画家の代表作が大きくプリントされた部屋着を身に纏い、二匹のストリンダーに餌をやっている様子を見るとため息が出る。
「ネズくんもご飯要る? カレーだけど」
「結構です」
 天蓋付きのベッドに寝そべり適当な画集を手に取ると「それ稀覯本だから丁寧に読んでね」と来た。無惨絵をまとめたそれをぺらぺら捲り、趣味でなかったので本棚に戻す。
 ポゴとパッチが餌を平らげ、もっともっとと催促するのを軽くいなし、じゃああとでねと部屋から追い出した。悪趣味な部屋におれと恋人がふたりきり。おれの横に寝転がった彼女が「お仕事は?」と言いながら腕に手を回す。「今日の分は終いです」脱力している脚にも彼女の脚が絡まってきた。
「ねえじゃあ映画観ようよ」
「……ゾンビはヤです」
「違うよ。ええと、ジョン・ウォーターズの――」
「却下」
 世界一悪趣味な脚本家じゃねえか。ああいうインパクトばかりの最低な映画を恋人と観る趣味はない。ベッドから逃げ出そうとしたら「ヘアスプレー観たの?」と不思議そうな声が耳元で訊ねた。
「これ衣装がすごく可愛いから気になってたんだよね。嫌ならいーよ、ひとりで観る」
「いえ……観ます」
 おれの返事に彼女はにこりと微笑み身体を起こす。リモコンをいじってテレビを点けVODからその映画を探し始めた。おれは座り直してヘッドボードに背中を預ける。柔らかすぎるマットに尻が必要以上に沈む。海外のアニメモチーフが散りばめられたシーツは五歳児が使うようなものだ。この部屋に来るたびに居心地が悪くて仕方ない。同じ家に住んでいるのにこの部屋だけ異次元なのだ。おれの部屋は最低限のモノクロの家具しかないのに。
「二時間ないんだって」
 ぽす、とおれの脚の間に座った彼女が言う。おれの腕をベルトのように腹に回し再生ボタンを押した。
 この映画の存在は知っていたがジョン・ウォーターズとは知らなかった。ダンサブルで華やか、コメディカルなのに人種差別の問題も描いている。しかし監督の本質はやはり変わらないものでかなりキャンプでもある。それでも、まあ、一般的に受けはするだろうと感じた。おれには退屈で仕方なかったので台詞だけ聞きながら彼女の髪に鼻を埋めたり無防備に開かれた手のひらを自分の指でくすぐったりしながら百十七分が経つのを待った。
 エンドロールに差し掛かった頃「つまんなかった」と呟いたのを聞き逃さず「そうですね」と同意し、細い腹を改めて抱き締める。
「セックスしましょう」
「え?」
「セックス、しましょう」
 映画がつまらなかったからではない。じんわり汗をかいた頸の香りに誘われてついストレートに誘ってしまったのだ。「いいよお」快諾した恋人が振り返り、さっきと同じ笑顔でキスをしてくる。唇を合わせ、おれの肩に手をかけてぐっとベッドに押し倒そうとした。「こ、ここでするんですか」「いいじゃん」キスをしながらどんどんシーツに沈められる。反論した隙に舌が入れられ、口のなかを愛撫しておれの興奮を促した。柔らかくて温い舌が絡むと同時に、舌先に当たる冷たい異物に背筋がぞくぞくする。どこまでがおれの熱でどこまでが彼女の熱か分からないなか、ピアスだけが確かに彼女の持つ冷たさと生温さ。境目がぐちゃぐちゃになってこのまま彼女のなかに囚われそうになる。それもいい、いいが、
「おれ、この部屋ではしたくねぇです」
「なんでぇ」
 少し見渡せばおれのポスターや紙ジャケが飾ってある部屋でどうして平然とセックスできるだろうか。特にベッドの真正面、テレビのうえに飾られたおれの大きなプロモーションポスターが一層萎えさせる。というかあれは非売品のはずなのにどうやって手に入れたのだろう。しかも壁に飾ってあるタオルやTシャツはそういうものではない、使うものだ。
「ねえいいでしょ、わたしはここでいい」
 可愛く囁かれると脳の奥がじんと痺れる。言葉に詰まると柔らかい指先がスラックス越しにそこに優しく触れ「ねーえ?」と猫撫で声。
「……今日は特別ですからね」
「ふふ、ネズくんだーいすき」
 どうにもならなくなって彼女に導かれるまま、たくさんのおれと、ドレスを着せられた球体関節人形に見守られながら、女児向けカートゥン柄のシーツのうえでセックスした。
 恋人はまったく、悪趣味だ。

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