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タルタロスの鏡


 姿見にカバーをかけた。シンプルな黒いものだ。フリルもレースもリボンもなにもないそっけないカバー。縦に長い鏡をすっぽり覆ってしまえる大きな布。
「っあ、アオキさ、うぁ、あ」
 分厚い舌が敏感なところを刺激する。逃げようとして腰を引くと強い力で太腿を押さえつけられた。さらにわざとらしくびちゃびちゃと音を立てるから恥ずかしくて息もできなくなる。苦しくてシーツを掴むけれど力が入らない。すごく気持ちよくて、でも足りなくて、もどかしくて「アオキさん」と何度も名前を呼ぶ。
「気持ちよくないですか」
 こんな状況なのに彼の声は至って冷静だ。まるでランチはなにをするか問いかけているみたいにふつうの調子。アオキさんはまだシャツも脱いでいないのにわたしはもう息が上がってうまく話せない。「もっと、ください」「なにを?」「……ゆび、アオキさんの……ゆび、」ください、と言う前に長い指がなかに入ってくる。ゆっくり、感触を確かめるように動かされてさっきよりももっと気持ちよくなる。いちばん感じるところをぐっと刺激されて目の前がちかちかした。
「や、だ、だめ、イッちゃいます、う、ぁ……っ」
「はい、どうぞ」
 手加減してほしくて言ったのにアオキさんは動きを止めない。規則正しく確実にわたしのなかを荒らし、なにも考えなくさせてしまう。
「イきます、うぅ……っ」
 びくん、と身体が大きく震える。頭のしたにあるクッションを掴んで逃げ出しそうになるのを堪えた。涙目になったわたしを見てアオキさんが指を引き抜く。わたしの体液で濡れたその指を舐めてから、シャツをきちんと脱ぎ、簡単に畳んでベッドの端に置いた。変なところで丁寧なひと。
 ぼうっと見ていたら前を寛げた彼がわたしの脚を抱え直して熱いものを押し当てた。それからわたしの目をじっと見つめて「どうしますか」と訊く。
「い、いれてほしいです……」
「なにを?」
 意地悪な問いにまた涙が出てきた。言わなきゃ挿れてもらえない、けどやっぱり恥ずかしい、でも――
「……アオキさんのおちんちん、ほしい、です」
 アオキさんはいつもそう。恥ずかしいことをぜんぶ言わせたがる。彼に会う前のわたしはこんなこと絶対に言わなかった。求められるがまま相手に身体を委ねてなんとなく気持ちよくなって、でもそれでよかったし、セックスにそんな多くは求めていない。そういう付き合いしかしてこなかった。アオキさんもそんなひとだと思っていた。
「はい、よくできました」
 雑に頭を撫でられる。がんばって言ったのに彼は顔色ひとつ変えない。それが当然だという顔つきだった。とっくにぐちゃぐちゃになっているそこにアオキさんが遠慮なく入ってきてまたぐちゃぐちゃになってしまう。
「は、っあ、あっ、んっ」
 指と違って性急に突っ込まれたせいで内臓がひっくり返りそうになる。苦痛と快感が綯い交ぜになった不思議な感覚だった。
 足首を掴まれ、思い切り腰を打ちつけられる。悲鳴にも似た嬌声を上げるわたしに、アオキさんはようやく目を少し細めた。
「ああ……いいですね」
 低い声で呟き、今度はじっくり奥に押し込む。お腹の奥に彼の熱さと大きさを感じて心臓がどきどきした。
「っつ、ぅ、アオキさ、ん、きもちい、きもちい、です」
 肌のぶつかる音の合間に必死に声を上げる。ぐじゅぐじゅと結合部から水音が聞こえるのをかき消すように。なにもかも恥ずかしい、羞恥に消えてしまいそう。
 わたしが恥じらいから顔を逸らしたことが気に食わなかったのか、アオキさんが顎を掴んで正面を向かせた。
「なにが気持ちいいか教えてください」
「あ、う……」
「早く」
「アオキさんの、おちんちんです、」
「はい、どこが?」
「っ……、おまんこ、きもちいいで、す……っ」
 はしたないことを口にするたびに彼は唇を歪める。そのまま顔を近づけてきて激しくキスをしてきた。初めから舌を捩じ込んで、膣内と同じように口のなかも蹂躙される。唾液が溢れて髪やシーツがべたべたになった。酸欠で気を失いそうになってから唇が離される。ぼんやりした視界にはアオキさんしかいない。
 脱力してなにも言えなくなったら今度は身体を抱き上げられ四つん這いにさせられた。身体の向きが大きく変わり、カバーをかけた姿見が目の前に来る。
「ああっ、あ、や、あっ! やだ!」
 より深く、先ほどと違う角度で責められてとうとう大きな泣き声を上げてしまった。皮膚を破り、そのしたの肉に食い込むくらい腰を強く掴まれてどこにも逃げられない。
 上腕が使い物にならなくなって崩れ落ちると、アオキさんはすぐ髪を掴んでわたしの顔を上げさせた。いつもならあの姿見にわたしの泣き顔と彼の興奮した顔が写り込むはずだった。もちろんなにも写らない。黒い布があるだけ。
「邪魔ですね、あれ」
 耳元で低い声がそう囁く。微かに怒気を孕んでいたから背中がぞくりとした。
「取ってください」
「や、いや、」
 こんなときに自分の顔なんて見たくないから隠したのに、それじゃ意味がない。悪趣味なアオキさんへのせめてもの抵抗なのだ。
「これはお願いではありません」
 命令です、と耳を甘噛みされて頭がおかしくなりそうになった。ゆるゆると動かされる腰に合わせて理性も揺らいで、逆らえなくなってしまう。
 緩慢に手を伸ばし、カバーに指を引っ掛ける。震える指先でそれを外すと、真っ赤な顔のわたしと不機嫌そうなアオキさんが見えた。
「ごめ、なさ、い」
 消え入りそうな声で謝るけれどアオキさんの表情は変わらない。わたしの肩を掴んで引っ張り、胸を反らすように膝立ちにした。がくがくする膝はアオキさんの膝に挟まれてどこにも避けられない。
 突き上げられるたびに胸が揺れているのが見えて思わず目を伏せる。「見てください、きちんと」こんな格好いつもはしない。意地悪だ。わたしが余計なことをしたから怒ったに違いない。懸命に目を開けると、恥ずかしい部分が鏡に大きく写っていて息が詰まった。
「あっ、アオキさんのおちんちんが、ずぼずぼって……っあ、おまんこに入ってるの、見えます……っ」
 鏡の中の彼は変わらず無愛想な顔だ。でも器用に片方の指先でクリトリスを刺激してわたしを追い立てる。
「ここを触るとよく締まりますね」
「きもち、っきもちいいです、は、あ……っ、クリトリスいじめられて、っおまんこうれしいです、……っ」
 過ぎる快感になにも考えられなくなる。身体中が性感帯になって自分がコントロールできない。
「イく、イきます、あ、ああっ、や、アオキさん、アオキ、さん」
 彼の動きもさっきより荒々しくなっていた。そろそろ射精するのだろう。とっくに限界を迎えていたわたしはまた何度も名前を呼び、心と身体がばらばらにならないよう耐えるのに必死だった。
「アオキさんの、せーえき、ください」
 最後の力でなんとかそれだけ言う。アオキさんは「はい」と小さく返事をし、そのあとお腹のなかが熱くなった。
 どさ、とベッドに倒れる。くらくらしていまにも気を失いそうだ。アオキさんが覆い被さってきてキスをした。舌を絡めながら胸を愛撫されると、まだ入ったままで敏感になっているわたしの肉体は簡単に反応してしまう。
「もう、むりです」
 拒否できない、どうせしないと分かっていながらもわたしは呟く。こちらを冷たい瞳で見つめる彼の全部を受け入れないと、いとも容易く捨てられるような気がして、とても怖かった。

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