「お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします!」 「くどい!」 僕が持ってきた手土産を作業デスクに投げたコルサさんが腕を組む。何時間も並んで手に入れた「シャリタツマカロン」が崩れた音がした。 「まったく、ハッさんにも困ったものだ。ワタシは弟子など取らない! タクシーを呼ばせるから帰りなさい」 コルサさんの声は耳にわんわんと響く。脳を直接揺らされるようで、まず音として聞こえ、数秒後に内容を理解した。可愛い手土産と重いポートフォリオを携えてやってきた僕は、手土産だけ取り上げられて追い出されようとしている。 「そもそもキサマ、見たところまだ学生だろう。まず学業に励め。話はそれからだ!」 「中退します! 僕は先日の個展でコルサさんの作品を見て自分がやりたいのはこれだと思っ」 「だからくどいというのだ! おい、これを帰らせろ!」 絵の具がべったりついた真鍮のベルをりんりん鳴らし、コルサさんが隣の部屋に怒鳴る。あのベルはなんというんだっけ、バトラーズベルだったような。ということは既にお手伝いさんはいるということだ。丁稚でもなんでもします!と言い出せなくなって言葉に詰まる。 「はぁい、いまタクシー呼びましたよぉ」 ひょっこり顔を出したのはチュリネみたいなポンチョを着た同世代か、少し歳上の女の子だった。顔もチュリネっぽい。「混んでるらしくて、二十分くらいかかるそうです。寒いからここにいて頂きましょうよ」ふん、とコルサさんは不満げに腕を組み直した。 二十分もあればポートフォリオに目を通してもらうくらいはできるはずだ。僕はあたふたと作品を取り出して床に並べる。作ったものを手当たり次第に持ってきたから自分でもなにがあるかよく分かっていない。硝子細工、ぬいぐるみ、陶器のうつわ、ドローイング、木版――「ウィリアム・モリスだな」コルサさんがぽつりと呟く。背中が冷たくなった。 「新鮮味がまるでない、つまらん! アーツアンドクラフツ運動は何百年も昔に終わっている! いまさらこんなもの新しくもなんともない」 「わぁ可愛い、この硝子細工すごく素敵ですね、エントランスに飾りたいです」 「特にこのドローイングはなんだ! ルドゥーテの出来損ないといえる! ワタシなら恥ずかしくて人に見せられない」 「このうつわもいいですね、ふたつあるからご飯のときに丁度いいです。あ、頂けるわけじゃないですよね、ごめんなさい」 「いえ、差し上げます、家にあってもかさばるので……」 「本当ですか? やったぁ、コルサさん、今日はシチューだからこれに盛りますね! そろそろ出来上がりますし」 「まだ腹は減ってない! いや、その、違う、キサマは口を挟むな」 お手伝いさん(と思しき女性)は「はぁい」とまた軽く返事をしてぬいぐるみを持ち上げた。「これはちっちゃい子が喜びそうです」つまり精一杯いろいろ持ってきた僕の作品はどれも見込みなし、可愛い止まりの才能ナシなのだった。恥ずかしくなって「あの、タクシー呼んでくださってありがとうございました、帰ります」とどんどん声が小さくなる。 うつわ以外を片付けようと手を伸ばすと、コルサさんは木版を取り上げてしげしげと眺めた。「これだけはマシだな」「はぇ」「マシだ、と言ったんだたわけ! 絶賛しているワケではない! これだけ置いて帰れ!」「あっ、どうも、ど、どうも」蹴っ飛ばされるように外に出され、お手伝いさんに見守られながらタクシーに乗る。 「あんな人の側にいるのは大変そうですね……」 「あはは、今日は機嫌がいい方なんです」 「はあ……そうですか」 「また木版持ってきてください、きっと見てくれると思います。それと、マカロンありがとうございました。でもコルサさんは動物性のものは食べないのでヴィーガンフードだともっと機嫌が良くなります」 「知りませんでした、ありがとうございます」 ぺこぺことお互いに頭を下げ合い、次はいつ来たらいいか尋ねてみる。来月の第二土曜日はどうかと僕が問いかけると、彼女はうーんと首を傾げた後「その日はたしかふたりで映画を観に行きますので、次の週がありがたいです」と教えてくれた。ありがとうございますありがとうございますと繰り返し、タクシーの運転手に行き先を告げる。ばたんとドアが閉まる直前「おい! シチューが吹きこぼれてるじゃないか!」とコルサさんの大声が聞こえた。うるさいな、と思うのと同時に、もしかしてあれはお手伝いさんではなくて恋人なんじゃないかとふと気づく。コルサさんも可愛いものが好きなんだな、とおかしくなった。 - - - - - - - |