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イミテーションピンク


 適切な、という意味でわたしたちは「適当に」をよく使う。なにもかもファジーで決まり事のない関係だからこそ、適当に判断するのは大切だ。
「このあとどうします?」
「適当にご飯食べようよ」
 わたしがそう返事するとネズはすぐに「じゃあいつものカフェ行きましょう」とジャケットを手に取った。適切な判断だったから、だからネズといると楽だなあとしみじみ思う。「まだメイク直し終わってないから待って」ファンデーションを塗り直して汗で溶けたアイラインを引く。リップを塗ったら鏡の前で何度か瞬きして元に戻ったか確認。それなりに整ったので、髪も梳ってネズにいいよと声をかける。彼はすでに玄関でわたしを待っていた。
「そのブーツ初めて見ました」
「先週買った。いいでしょ」
 ネズの家と駅のちょうど間くらいにあるカフェに入り、それぞれ適切なオーダーをする。いまどき珍しく全席喫煙オーケーのここは人も少ないしわたしたちにはうってつけだ。
「このクリスマスブレンドってどんな風味だと思いますか」
「わあ久しぶりにみた。シナモンが強いと思うよ」
「じゃあこれで」
「わたしはホットのレモネード」
 急に寒くなったから暖かいものが飲みたくてしょうがなかった。テーブルを挟んで向かい合ったわたしたちは月並みなことを話す。「今年ももう終わるけどやり残したことある?」「特にない……ですけど、まだカウントダウンライブがあります」「そうだったね、寒いけどがんばって」「来ますか」「うーん、考えておく……」話している途中でテーブルに置かれた小さなクリスマスツリーに気づいた。可愛かったのでくるくると回してじっくり眺めてみる。10pほどのそれはちっちゃいキャンディケーンや靴下にジンジャーマンクッキー、てっぺんの星まで細かく作られていた。
「そっか、そうだ、クリスマスが近いんだった」
 だからクリスマスブレンドもあるんだ。道理で最近街が眩しいはずだ。本当に忘れていたわたしにネズは呆れた顔をした。
「予定入れてないんですか」
「ない。いま彼氏もいないし。プレゼントくれるひともいないから適当にショッピング行こうかな。ネズは?」
 ネズは首を横に振る。どういう意味か分からなかったけど、おそらく納得いく予定は入ってないということだろう。カウントダウンライブするということはリハでもあるのかもしれない。可哀想に。
「ネズは音楽が恋人だもんね」
 今度は首を縦に振った。真顔で。なんだかおかしくてにやけてしまってから、失礼だったかなと口元を隠す。でも彼は気にしてないみたいでメニュー表を見始めた。そしてやっぱりふたりしていつものパニーニを頼み、ゆっくり食べる。適切なスピードで。
「クリスマス本番って24だっけ、25?」
「……前も説明しましたよ。24の夜から25でしょう。プレゼントが届くのが25の朝」
 確かに去年も同じような話をした気がする。そうだ、思い出した。去年ネズはクリスマスが一週間くらい続けばいいのにとぼやいていたんだ。聖夜を特別視するのにひとりぼっちで可哀想な女の子を”救済”するために予定をたくさん入れていた。その頃わたしはひとりの恋人がいたからそれなりに過ごしたけれど、ネズは大変だったに違いない。バカみたい、と思ったのを覚えている。
 そう考えると少なくとも二年続けてクリスマス前にネズと過ごしていることになる。曖昧で、友人と呼んでいいのか分からない関係性をもう長く続けているのだ。これを指す適当な言葉をわたしは知っている気がする。
「服買いたいから付き合ってくれる?」
「いいですよ、おれも冬服ほしいんで適当にキルクス行きますか」
「うん」
 外に出ても手は繋がない。適当な距離感で並んで歩き、目も合わせず正面を向いたまま話す。「寒いね」「そうですね」吐く息が白いのも初めて気づいた。
 一度理解すると街は余計に眩しく見えた。ヒトモシとランプラーのオーナメントが光るツリーが可愛くて写真を撮る。たぶんすぐに見返しはしないけど、いつか見た時に少しだけ映り込んだネズの毛先を可愛く思うのだろう。
 キルクス温泉は見た瞬間ふたりで「うわっ」と声が出るくらいド派手に光り輝いていた。少し離れたブティックにまで光が届くほど(音は出ていないけれど)やかましい。ハイビームが目を直撃したくらいちかちかする。誰が企画したんだろう、ちょっとセンスを疑ってしまう。ネズが小さい声で「光あれ、ですね……」と言ったのは笑ってしまった。
「いまは青白く光ってますけど、夜になるともっとカラフルになるんですよ〜。もうすぐ変わる時間です、ぜひ見て行ってください」
 買ったものをエントランスまで運んでくれた店員さんがにこにこと説明してくれる。「レインボーになったりグラデーションになったりします。たまにピンク一色になることがあって、その切り替わる瞬間をふたりでみたカップルはずっと幸せになるそうです!」ネズと顔を見合わせる。「どうも……」煮え切らない返事をした。
「にしても、派手だね」
「やりすぎですよね」
 だんだん面白くなってきてふたりしてイルミネーションに近づいていく。空はもう真っ暗だから余計に眩い。ここだけ真夏の昼間を切り取って置いてあるみたいに。ひとつひとつのオーナメントをぼうっと見ていたらネズが「……ライブ、来てくださいよ」と呟いた。
「チケットまだあるの?」
「なくても入れるようにしておきます」
「うん、ありがとう」
 なにを模しているか分からないガーランドを見ようとして一歩進んだところでいつの間にか解けていたブーツの紐を踏んでこけかけた。慌ててしゃがみ、ややこしい編み上げを綺麗に調える。光源があると便利だ。蝶々結びを丁寧にしていたら、手元が急にピンク色に染まった。
「あ」
 ネズが思わず、といった感じで間抜けな声を洩らした。
「ピンクになりました」
「切り替わる瞬間見た?」
 わたしはまだ紐と格闘している。
「……見ましたけど、別に、ふつうです」
 少し顔を上げて彼の顔を窺う。真顔ではない、妙な顔だった。
「あんまり趣味のいいピンクじゃないね」
 わたしの言葉にネズは「こら」と小さく怒る。喉がつかえたような声で、ネズがどんな気持ちなのかはなんとなく分かるし適当な言葉を知っているけれど、わたしはなにも言わなかった。

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