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最低なふたり



 医者が「あー、キバナさん残念、これ骨いってるね」とあっさり言った。初めて見るレントゲン写真は作りものみたいで、再現CGですと言われればなるほどと思いそうな代物だった。「ここね、ここ」足首と指の付け根辺りを指し、医者は「線が入ってるでしょう、これヒビね。骨折じゃないし綺麗に……って表現も変だけど、おかしなズレ方してないから三ヶ月くらいで治ると思うよ。あと右手首は折れてるね。ここね。こっちも様子見だけど、同じくらいでマシになるかな。はいこれ処方箋。お大事に。次は二週間後にまた来てね。あ、激しい運動はしないこと。痛くてできないと思うけど。あなたバトルのとき結構暴れるでしょ、ああいうのは駄目ね。はいお大事に」とほとんど息継ぎせず一気に言い切った。付き添いの妹の方が半泣きで頷いたり看護師からの質問に答えたりしている。オレは口を挟む余地がなくて、ぽかんと間抜けな顔をするだけだった。
「お大事に」
 病院が貸し出してくれた松葉杖と妹に支えられ、薬局に寄った後よたよたとタクシーに乗り込む。並んで座るなり妹がわんわん泣き出してしまったのでうんざりした。運転手にマンション名を告げて座席に深く腰掛ける。オレたちの異様な雰囲気を察したのか、運転手は特になにも言わずまっすぐ家まで向かってくれたので助かった。
 妹とは大して仲良くない。仲が悪いというほどでもないが、特別一緒に行動することもないし、ただふたりで住んでいるだけだ。顔が似ていることもないし、性格もかなり違う。妹は引っ込み思案でいつもおどおどしている。見ていてイライラするからそういうところは嫌いだ。あの、えっと、とへどもどする様など特に嫌いで、だから積極的に話しかけない。仲が良くない、悪い、というよりも関わり合いになりたくない、というのが本音だった。偶然血が繋がっているだけ。
「っつーコトでしばらく仕事はお休みだから」
 電話の向こうでダンデが「お大事に」と言う。今日だけで何度「お大事に」を聞いたことか。金はあるからいいとして、バトルできないとなると暇だ。勘も鈍るだろうし、思ったよりも厄介かもしれない。
 松葉杖をぽいと捨て、ベッドに寝転がる。ジュラルドンとフライゴンに「こっち折れてて、ここの骨にヒビ入ってんの。分かる? 分かんねえか」と無駄に話しかけ、不思議そうに顔を見合わせる二匹を眺めてから各々のスペースに戻した。
「お兄ちゃん」
 ノックの後、妹が顔を出す。まだ泣いている。陰気な顔を見ると痛み止めを飲んでいるはずなのに足が痛む気がして嫌になった。
「ごめんなさい……あの、わたしのせいで……」
 しゃくりあげて泣く姿は五歳くらいの頃からまるで変わらない。
「あの、わたし、全部やるから……なにかあったら、呼んで」
「おう」
 残念ながらオレはここでオマエのせいじゃねえだろ、と言うような兄貴ではない。実際、この怪我はコイツのせいだ。慣れてもいないのにワイルドエリアでがむしゃらに走り回って迷子になって、珍しくヘルプを求めて連絡してきたから飛んでいったらキョダイラプラスに襲われた。なんだそりゃと思っていたらオレまで巻き込まれて大怪我を負った、というのが事の次第だ。結果的に妹を助けたヒーローとなったワケで、知っているひとにも知らないひとにもなんとなく褒められたが、賞賛で怪我が治るなら医者は要らない。
「腹減った。飯作って。なんか、肉」
 なんとかなるだろ、と楽観的だったのはその日くらいだ。次の日からは痛みで目を覚ましたり炎症を起こした手首をできるだけ動かさないよう苦心したりと散々だった。あのレントゲンを見たことで「オレは怪我をしているのだ」という自覚が生まれ、ひどく痛みを感じるようになってきた。折った瞬間は違和感を覚えたくらいで痛みはなかったが、あれはドーパミンでも出ていたのだろう。
 情けなくて腹が立つのが、着替えも飯も風呂も妹がいないと満足にこなせないことだ。これでトイレにもひとりで行けないレベルだったら自尊心がズタボロになっていたから危なかった。
 三日目からは性欲に悩まされるようになった。左手は自由に使えるが慣れていないから十分な自慰ができない。かといって松葉杖をついてセフレに会うのも面倒だ。「クソッ」なんとか射精したが、作業のようなものだった。ティッシュを丸め、ゴミ箱に放り投げる。利き手でない手で投げたそれは明後日の方向にふわっと落ちた。
「呼んだ?」
 ドアを隔ててすぐそこに妹の声がした。ドアノブががちゃりと音を立てる。待て、入るなと言う前に妹の顔が見えた。
「おに……あ、ごめ、なさい、えと、」
 慌てて隠すのも格好悪く思えて、下腹部を曖昧に庇って「んだよ、別に悪いことしてねぇだろ」と吐き捨てた。妹は視線を少し彷徨わせ、改めて部屋に入ってきた。なにかと思えば変なところに落ちたティッシュを拾って、ゴミ箱にきちんと入れただけだった。
「……あの、ひ、必要なら、お手伝いする、から……」
 思わず「はぁ?」とここ一週間でいちばん大きな声が出た。「お兄ちゃんがそうなったのは……わたしのせいだから、わたしが悪いから……」ぼそぼそと呟かれるのは呪いの言葉のようだが一応はオレのために言っているらしい。
「手伝いって……なんのだよ。処女のクセに」
「……そうだけど……」
 妹の手を借りるほど落ちぶれていると思われたのか。苛立って「テキトーなこと言うな」と声を荒げる。涙目の妹が耳を塞ぐ仕草をしながら「大きい声出さないで、怖いから」と身体を震わせた。
「おにいちゃんずっと不機嫌だから、怖くて……だから、お手伝いして解消されるなら……」
 オレが怒鳴ると怯えるのはいつものことだが、ここまで萎縮するのは初めて見たかもしれない。オレが怖いのと、怪我させた罪悪感とで潰れそうなのだろう。哀れで、腹立たしい。
「じゃあしろよ、オレが満足するまでやれよな」
 ベッドに腰掛けたままこちらに来るよう顎で指示する。オレがやれと言ったんじゃない、コイツが進んでやろうとしたんだ、などと頭のなかで言い訳をして脚の間に座らせた。
「勃たせて」
 小さい手が恐る恐る性器に触れる。ところどころに傷がある指は温くて柔らかい。妹は緊張しているようで呼吸が少し変だ。やわやわと竿を握り、裏筋を指先でなぞりながらどうすればいいか分からないという顔で見上げてきた。「舐めろよ」「はい……」薄い唇が開き、赤い舌が覗く。ぞく、として慌てて天井を見上げて目を閉じる。コイツで興奮したくない。これは事務的な処理。仕方ないからやらせているだけ。咥内に亀頭が収まるのを感じて、脳内でセフレに咥えさせている場面を想像する。目を閉じると却って感覚が鋭くなった気がした。想像しているどの女とも違う下手くそなフェラチオだが、ぬるつく粘膜に唾液と先走りの混ざる粘っこい音に下腹部がどんどん熱くなる。身体は正直ってヤツだ。もどかしくなって左手で髪を掴み喉の奥まで突っ込む。
「ふぅ、ぐ……っ」
 苦しげな息が漏れたが気にしない。後頭部を押さえつけ、腰を動かす。いちばん奥まで突くと嘔吐いて喉が締まるので気持ちがいい。セフレは口でするのが巧い女ばかりでこんな風にオレが乱暴に動くことはないから、なんだか新鮮で、そのことに興奮した。やがて射精が近づき、腰の動きが速くなる。――オマエのせいで怪我をした、オマエのせいでオナニーもできなくなった、オマエのせいでオマエのせいでオマエのせいで――頭の中に浮かんでくるのは妹への恨み言ばかりなのに、それでも興奮と快楽が勝った。冷静でいたかったのに頭と身体はバラバラでなにも考えられなくなる。頭が真っ白だ。あ、ヤベ、出る。
「うえ、え、」
 なにも言わず口の中に射精した。二度目の射精だったから精液は少なかった。げほげほと吐き気を堪えるように咳込んだ妹の口からどろりと白濁したものが零れる。ティッシュを取ってそれを拭うと、妹はまた「ごめんなさい」と自信なさげに謝った。白いものがこびりついた唇のまま、妹は「またしたくなったら、いつでもするから」と小声で言う。病気の猫みたいな咳をしながら、妹はそのまま部屋を出て行った。
「……最低だな」
 オレは呟く。自分の口から出たのに、どちらに向けた言葉かは分からなかった。

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