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夏のおわりの海


 夏のおわりはいつもさみしい。やり残したことはないかと毎年考えるけれど、特別したかったことなどなにもないことが分かってまたさみしくなる。
 ざざ、と波が打ち寄せる。白いレースをまとった柔らかな水が裸足に絡みつき、甲を包んで、優しく引いてゆく。夏のおわりの夕方に海辺を歩くのはわたしとネズくんだけだった。ふたりで裸足になって海と浜の境界線をざくざく進む。
 名前も知らないこの浜辺にはガラス玉が落ちている。それに気づいた三年前からわたしは熱心にそのガラス玉を集めるようになった。波と砂に洗われたガラス玉はとろりと丸みを帯びていて、なんだか美味しそうに見える。水道水で流したあとに口に入れてみたこともある。冷たい、夏のおわりの味がした。たいていは白、青、緑が多い。ピンクや赤を見つけると嬉しくなる。去年見つけたマゼンタと真っ黒の珍しいふたつはネズくんにあげた。ふたつとも窓際に置かれてじっと外を眺めている。一年中。
「どっちが多くガラス玉を拾えるか勝負しようよ」
 両手にそれぞれブーツを掴んだネズくんが眉を動かす。
「このなかに入れろってんですか」
「それでもいいけど、ブーツはここに目印として置いておいて、ネズくんは反対側にずっと拾いに行くの。わたしはこっちにまっすぐ。で、終わったらここに戻ってきて数えようね」
「……答えになってます?」
「両手いっぱいに拾えばいいよ」
 ネズくんはそれで納得したのかブーツをできるだけ波が触れないようなところに寝かせた。
 背中合わせになり、よーいどんで進み始める。といってもかけっこではない。半透明なガラス玉を見失わないよう、丁寧に、少し腰を折ってゆっくり歩く。ひとつ見つかればたいてい周りにいくつか落ちているから、それを見失わないように。
 ざ、ざ、とゆっくり寄せては返す波の音がここちよい。潮風に乗って、どこからか子どもたちの声が聞こえる。溶けかけた夕陽が地平線をぐずぐずにする。もうすぐ夏のおわりの夜が来る。世界のおわりはきっとこんな感じだ。ふと振り向いてネズくんを見る。さっきのわたしみたいに腰を折って、黙々と砂のうえを指で浚っていた。長い髪のあいだから白い耳が見え隠れする。それがおもしろくて可愛くて、ぼうっとネズくんを眺めていた。しばらくそうしていたら振り向いた彼が「おまえちゃんと探してます?」と叱るような呆れるような声で咎める。「うん、探してる」口先だけの返事をして、わたしはそれから数分ネズくんを眺めたままだった。
 一歩進むごとに夜が近づく。ネズくんがすっかり向こう側まで行ってしまった頃、真っ黒なビロードに穴をあけてそのまま空に被せたような夜になった。
「そっち戻るよお」
 腕を大きく振って合図する。両手にいっぱい、とまでは行かないがそれなりに集められたと思う。スカートを持ち上げ、そこに明るいところで見ればきっとカラフルなガラス玉をじゃらじゃらと乗せる。
「全然だめでした」
 片手にいくつか大きめのガラス玉をいくつか乗っけたネズくんは「あっちははずれでしたね」と真面目に言うからおもしろい。「わたしの勝ちだね」「来年は勝ちますから」来年も一緒にいられることが当たり前だと思う彼がとてもすきだと思う。
 ガラス玉をタオルハンカチで拭き、わたしのトートに入れる。じゃらじゃらと音を立てて、ふたりのカラフルが出会って混じってひとつになる。
 夏のおわりの夜のはじまりはひどくしずかだ。わたしたち以外はこの世界にいないのかな、と感じさせる。
 ブーツを片手に持ったネズくんが片手を差し出す。それを黙って握り、遠くの街灯目指してふたりでまたざくざく歩く。さやかな波音と裸足が砂を踏みしめる音だけが夜に沁みてゆく。さみしい、ネズくんがいるのにとてもさみしい。わたしは夏になにを置いてきたのだろう。
 帰ったら、今日の日付を書いた白い箱にふたり分のカラフルを収め、蓋をする。夏のおわりの空気も一緒に閉じ込めよう、このふしぎなさみしさも一緒に封をしてしまおう。来年の夏のおわりにもきっとふたりで同じことをして、その次の年もして、いつかわたしのさみしさがなくなって満たされるまで、同じことをしよう。ネズくんなら当たり前のように一緒にいてくれるから。ささやかに胸を躍らせるわたしに気づかないまま、ネズくんはわたしの手を引いて砂浜の終わりを目指す。それもまた、当たり前のように。

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