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SHE


 そこそこ好きなロックバンドが解散した。理由は五年もやっておいて「音楽性の違い」だそうだ。それは建前で実際には大人の事情があるのだろうが、オレたちには知る由もない。やっていくうちに目指す方向の違いが明確になったというのはよくある話だ。解散ライブには彼女と行った。オレたちがまだ友達だった頃にも一緒にライブに行ったことがある。「いいバンドでしたよね」と彼女はしみじみ呟いた。
 後日、ボーカルがソロ活動をすると発表した。サイトに掲載された写真はいままでの五年間とは全く違う、なんだかよく分からない機材に囲まれて奇妙なメイクをした男だった。動画サイトにアップされた新曲は音楽なのかも不明なノイズ音が重なった音源で「ノイズミュージックっていうらしいです」と彼女が教えてくれた。「もう全然違う人みたい」終わりまで聴かず、動画を閉じる。「なんか、前の曲も興味なくなっちゃいました」その一言に一抹の寂しさを感じた。確かにいままで愛だの恋だの夢だのなんだのと歌っていたやつが雑音(にしか聴こえないもの)を奏で始めたら驚くし、興味も失せる。彼女の気持ちはよく分かるつもりだった。――だからこの”性癖”は隠し通そうとしていたのに。
「画像加工したいのでノートパソコン借りてもいいですか? アプリじゃ上手くいかなくて」
「いいけど、あ、待ってダメやめろ触るな」
「なんですかその言い方!」
 許可した瞬間に後悔してパソコンを開こうとしていた白い手を掴む。オレが焦る様子に浮気でも連想したのか、彼女は少し怒った顔で反発した。「見られちゃまずいものでもあるんですか、あるんですね」そりゃある。あるけどたぶん彼女が想像しているものとは違うし、もっと悪いかもしれないものだ。一人暮らしの男のデータフォルダに不健全なものがないなんて思わないでほしい。格闘しながらなんとかノートパソコンを引き剥がそうとしたが、思いきり太ももの辺りを蹴られた。その反動で彼女を乗せたキャスターつきのチェアが部屋の隅にすっ飛んでいく。
「いってぇ……」
「そんなに強く蹴ってないです。えーっと、キバナさんが見られたくないデータはどれかな」
 タッチパッド上で指がすいすい動く。メールフォルダを眺め、次にフォルダを片っ端から開いて見ていく。仕事で使うフォルダ、スクショを保存するフォルダ、試合に関するデータが入ったフォルダ――うわ、やばい、そろそろ見られる! 適当に〈001〉とナンバリングしたフォルダの上でカーソルが止まった。
「……浮気ですか?」
「違う」
「元カノの写真?」
「ちがいます」
「……じゃあエッチなやつですか?」
「……だったらなんなんだよ」
「へえ、じゃあ別に見てもいいですよね!」
 やめろ、と止める前にデータが展開される。画面に次々と表示されるサムネイルはどれも男が虐げられている画像だ。「ぎゃ」という悲鳴のあと彼女はようやく黙った。しかし指先は動き続け、次々にオレのコレクションを暴いてゆく。鞭を持ってにっこり微笑む女、エナメルブーツに口付ける首輪をつけられた男、つまらなそうな顔で男の顔を踏みつける女、嬉しそうに足の裏を舐める男と笑顔でそれを見つめる女――なんだこの状況、放置プレイかよ。頼むからなんか言ってくれ。沈黙に耐えきれず彼女の顔を覗き込む。
「キバナさんってSなんだと思ってた」
「いや、まあ、どっちでもイケるみたいな」
「ドMだったんですね。しかも脚フェチ」
 彼女が顔を上げる。「こういうの、わたしにされたいんですか」値踏みするような視線にどきりとする。
 本音を言えばされたい。踏みつけられて、詰られて、嘲笑われたい。ずっとそんな欲望を隠してきた。彼女なら理解してくれるかもしれない。でもこれはたぶん罠で、安易に頷いたら「違う人みたい」とか言われてフラれるのではないだろうか。言葉に詰まったオレを彼女はじいっと見つめる。これはこれで興奮するから始末に負えない。
「どうなんですか、キバナさん」
「……されたい」
 一か八か、小さい声で返事をする。「うげ」彼女が呻く。剣呑な雰囲気が流れた。言うんじゃなかった。いますぐ逃げ出したくなったが彼女はまだオレを見つめている。気まずい沈黙が続いて、先に口を開いたのは彼女の方だった。
「……常識の範囲内だったら、いいですよ」
「え」
「だ、だから、あんまり、レベル高いの以外なら。鞭とかはちょっと、怖いし」
 嬉しさのあまり勢いよく立ち上がる。弾みで彼女がひっくり返って椅子から滑り落ちた。「やってくれるなら画像全部消す。あとさ、おもちゃみたいなもんだけど手錠買ってあるからそれ使って、それからダメじゃなかったら動画撮っ、いやちゃんと話そう、逃げんなって」抱きしめて一気に捲し立てると腕の中で彼女が急速に引いていくのが分かった。どこまでがセーフなのか探るために「手錠がダメ?」「撮影は?」「踏んでくれる?」とひとつひとつ確認する。結局、なにかものを使うのはまだ受け入れられない、撮影は顔が写らないようにするならいいと顔を真っ赤にして受け入れてくれた。
「シャワー浴びてきます」
「そのままがいい! 頼む、お願い!」
 必死で頼み込み、宥めすかし、なんとかそのまま寝室に連れ込むことに成功した。ベッドに仰向けで寝転がり「上乗って」とおいでおいでをする。よいしょ、と腰の辺りに体重がかかった。「違うそっちじゃない、こっち」口を指さしたら怪訝そうな顔をされた。
「舐めさせて」
「……なんでそんな偉そうなんですか、Mのくせに」
 心底いやそうな面持ちがたまらない。ゆっくり膝立ちのまま細い身体が迫ってくる。我慢できなくて腰を掴み、引き寄せて鼻を埋めた。「ぎゃ」また色気のない悲鳴。「汗かいてるからやだ、いやですってば」顔面騎乗は息苦しいと思っていたのに、想像上に軽いから拍子抜けしてしまった。「体重かけろよ」「注文多すぎます、やめますよ!」「これ取っていい?」下着に指をひっかけて質問する。これ以上ないくらい真っ赤になった彼女がやけくそみたいに何度も頷いた。細いリボンを解き、生々しいにおいのそこにまた鼻先を押し当てる。
「や、あっ、うぅ……」
 舌で生ぬるい部分をなぞる。「うぁ、勝手なことしないでください!」額を小突かれて叱られて、興奮で下半身が爆発しそうになった。もう痛みすら感じる。見えないけど死ぬほど勃起してんだろうな。
「きもちい?」
「……うるさい! 黙ってしてください!」
 するなと言ったりしろと言ったり忙しいヤツだ。でも許可が出たので改めてそこを舐めることにした。自分の荒い息が邪魔だ。彼女の控えめな喘ぎ声だけが耳に心地よい。
「や、やだ、これやだ、キバナさん、んっ」
 返事をせずにひたすら舐め続ける。いろんなものが口のなかでいっぱいになって窒息しそうだ。
「いっ、いっちゃう、から、やだやだ、」
 イっていいぜ、と言おうとしたが声にならない。腰を掴む手に力をこめる。わざとらしくぴちゃぴちゃと音を立てたら顔のすぐ横の膝ががくんと震えた。彼女の全身に力が入り、仰反る。それでもしつこく舐めていたら涙目で睨まれた。「へんたい、さいあくです」微妙に呂律が回っていないのがまた可愛い。
 手を離し、とりあえず下腹部を楽にしようと手探りでジッパーを下ろそうとする。
「キバナさんばっかり好きなことしてる!」
 オレより先に彼女が動いた。ジャージ生地越しにギンギンに勃起したそれをぎゅっと握られて「うわっ」情けない悲鳴をあげてしまう。全身が心臓になったみたいにどきどきしてまた鼻息が荒くなる。痛い、苦しい、まともに扱われていないのに出そうだ。オレが声に出さずに悦んでいるのを察したのか、またいやそうな顔つきをする。卑しまれている――軽蔑されている!
「それヤバ、うわ、あ、」
 またぎゅうっと力を入れられた瞬間、呆気なく下着のなかに射精してしまった。「え、いまので出たんですか」彼女が信じられないものを見た目をする。
「……きもちわるぅ、ほんっと変態ですね」
 罵られたせいか、それともまだ触れられたままだからなのか、またすぐに硬くなり始める。彼女は小さく溜め息をつくと、再び手を動かし始めた。
「さわって、ほしい」
「直接ですか? イヤですよ、気持ち悪い」 
 ぞくぞくが背筋を駆け上り、パニックになる。「ヤバいすぐ出る、……っく、っ」オレがなにか言うたびに動きが変則的になる。イきそうでイけない、息苦しい感覚に一層興奮して身動きが取れなくなった。ぴんっと中指で強めに弾かれ、甘い痛みが腰を走る。「……っ!」身体が震え、二度目の射精をした。他愛なく。
「まって、ちょっと、待ってくれ……」
「さっきわたしの言うこと聞かなかったじゃないですか」
 お返しです、と唇を尖らせて可愛く言う、彼女の瞳が妖しく輝いた。彼女はもしかしたらミストレスの才があるのかもしれない。次はなにをしてくれるんだろう、なにをされるんだろう。いままでに感じたことのない胸の高鳴りはまるで初恋のようだった。

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