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天国に結ばない恋


 ダンデくんがわたしの首を絞める力がどんどん強くなる。苦しい、もうやめてって言おうとしたらふっと目の前が暗くなった。瞬きをしたらすぐに戻ったけれど、今度は言葉が口から出てこない。おまけに手足も動かなくなった。あ、死んだんだ、とすぐ気づいた。おかしなことにわたしは冷静だった。わたしがうんともすんとも言わないのを気絶したと捉えたのか、ダンデくんは顔を真っ赤にしてまだ腰を振っている。なにか異物が身体を出入りする感覚はあるが、快感はもうなかった。ダンデくんは二、三度わたしの名前を呼び、膣内に射精した。いつもはいやな感じがするのに、死んでしまったいまはなにも感じない。なにかがお腹のところでびくびく動いたのが分かったくらい。
「悪い、やりすぎた」
 大きく深呼吸をし、ダンデくんは苦笑いしながらわたしの頬を撫ぜた。そして目元の涙を拭って「シャワー浴びるか?」と尋ねる。もちろんわたしはなにも答えられない。頷くことさえできない。肉体がベッドに横たわっているだけ。死んだら天国に行くとか地獄に行くとか聞いていたのに、話が違うじゃないか。というより、ダンデくんは一体どうするつもりだろう。わたしの考えが間違っていなければこれは明確な殺人なのだけど。
 変わらずなにも応えないわたしを不審がって、彼は肩を強く掴んだ。掴んだ、という現象が分かるだけでそこに痛みなどない。「起きろ」なんて言い方だろう、自分の快楽のためにわたしを殺しておいて。
 人間はたいてい、死を簡単に受容できない。例えば「悲嘆の五段階」などと呼ばれる過程がある。己の死を受け入れるまでの人間の行動や感情の経過を表したものだが、ダンデくんのわたしに対する言動はまさにその通りだった。研究者がいれば格好のモデルになっただろうに。
 まず死を否認する。
「冗談はやめてくれ、面白くないぞ」
 わたしが目を見開いてぴくりともしないのを悪い冗談だと捉えた。手首に指を置いて脈をチェックし、続けて首の付け根に手のひらを当てた。首にはさっきまで絞めていた痕が残っているに違いない。ダンデくんはわたしの脈がないことをきちんと確認して「嘘だろ……」と呟いた。そしてわたしの目をじいっと見つめる。瞳孔が開いているかはさすがに自分では分からない。
 次に怒りを露わにして悪態をつき始めた。「オレのせいじゃない」本当に死ぬ前に止めろと怒られても反論できないし、そもそもわたしは以前からあんまり首は絞めてほしくないと言っている。いやだというとますます喜ぶダンデくんだ。セーフワードでも決めておけばよかったかな、ともう働かない頭で考える。
 ダンデくんはしばらく死体相手に怒鳴ったあと、ふと気がついたように半開きだったわたしの口に指を突っ込んだ。歯を確かめるようになかをまさぐり、舌を掴む。「ぬるいな」ととても小さい声で言って、あろうことか萎えかけていた性器をわたしの唇に咥えさせた。――これが次の段階だ。死をまだ受け止められなくて、その恐怖から逃れようとなにかに縋る。いつもは吐いてしまうから喉の奥までは入れないのに、文句を言わないわたし相手に彼は好き勝手に動いた。髪もぐしゃぐしゃにされて、ひどい顔をしているに違いない。数分後、口のなかにどろりとした液体が弾ける。死体になってまで弄ばれて、わたしの気分はいいものではなかった。唇も舌も動かないから精液は全て喉の奥に滑り落ちた。咳き込みたいけれどいまのわたしは瞬きもできないのだ。
 二度目の射精を終えたダンデくんは汗を拭い、ようやく服を着た。表情は暗い。そろそろ死を受け入れなければならない段階だ。
「……どうすればいいんだ」
 絶望と憤怒が混ざった複雑な口ぶりだった。どうすればいいか。正解は救急車を呼ぶ、或いは通報して自首する、そのどちらかだ。ダンデくんは赤くなったり青くなったりしながらわたしの身体に無意味に何度も触れる。まともに思考できない、抑鬱状態。
「そんなつもりじゃなかったのに」
 そうだね、死ぬかもしれないっていうぎりぎりのスリルに興奮していたんだし。
「オレのせいだ」
 そうだよ、ダンデくんのせいだよ。ぜーんぶ、ダンデくんが悪いんだよ。
 白いシャツだけを纏ったダンデくんが呆然と天を仰ぐ。ベッドから降り、彼はしばらく部屋をふらふら右往左往したり廊下で蹲ったりしていた。悪夢に魘される子供のように汗だくになりながら。そろそろ死後硬直が始まりかけたわたしの表情は強張るばかり。もし死ぬときは綺麗な顔で死にたいと思っていたのに、これじゃあ台無しだ。
「オレが殺した……オレが……」
 そうだよ、もう完全に受け入れたかな。ダンデくんは死体のわたしをじっと見て「許してくれ」と言った。初めて聞く、震えた声だった。なんて惨めで格好悪いのだろう。あのダンデくんが許しを希っている。こんなに情けない姿を晒すくらいなら最初から加減すればよかったのに。自分が気持ち良くなるためだけにわたしを殺して、それどころか死んでからも辱めて、まったく勝手な男だ。
「好きだった……好きだったんだ……きみのことが、すきで……だから……」
 すっかりわたしの死を受け入れたダンデくんの言い訳はおもちゃを乱暴に扱ったら壊れたときの子供と似ていた。なんだか最後までちゃんとわたしに謝罪していないようで癪に障る。絶対に許してあげない。っていうか、いまさら好きとか言われても困る。生きてるときに言ってくれないとお断りできないじゃん。やめてよ。わたしはダンデくんなんか好きじゃない。ちっとも。セックスできればそれでよかった。そのセックスもだんだん気持ち良くなくなってきたから会うのをやめようと思っていたのに。
 ダンデくんなんか好きじゃない。本当に好きじゃない。愛してないよ。だからいますぐチェストから取り出した銃をしまってほしい。「すぐ会えるから」会いたくないよ。どこまで自分勝手なの。

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