ウォッカで流し込んだ薬が効いてきた。だらしなくソファに横たわって冷たい天井の隅を見つめる。外は多分夜だ。上手くいかない日はあっという間に夜になるから。胃が燃えるように熱かった。 「またやってる」 愛しい彼女の声がいつにも増して愛しく聴こえた。ウォッカの壜を咥えたまま見やると、腕を組んでこちらを睨んでいた。 テーブルの上に散らかったくしゃくしゃの紙たちを片付けながら彼女はまた言う。 「やってらんねぇですから」 「お酒でODするのやめて」 自分だってたまにするくせに。 リストカットをやめたからって、最近、おれに噛みつくことが多くなってきた。 ただ腹は立たない。薬とアルコールが混ざり合って、脳を懐柔していた。 空になった壜を放り投げて彼女の腕を掴む。あ、と間抜けな声を出して、彼女は腕のなかに収まる。 「おれ、いま凄く気持ちいいんですよ」 意味不明な自己申告をして思いきり抱き締める。絆されやすい性格を分かっているから。自分でも狡いと思うが、どうすれば彼女が大人しくなるか分かっているのは恋人の特権だ。 「おれ、いま凄く幸せなんですよ」 それは少しだけ嘘だった。 軽い口づけに、彼女は「お酒臭い」と眉根をひそめた。 おれは笑う。たぶん舌が青く染まっている。 いつだかふたりでお揃いだねと笑ったことがあったっけ。 ネズは創作がうまくいかないとODする。それも、お酒で。ウォッカの壜は隠しておいたのに、器用に見つけて飲み干してしまう。 リビングを見るとやっぱりソファの背もたれに片足をひっかけて壜を咥えた反社会的な格好をしていた。空になった薬のシートがばらばらと溢れていた。テーブルの上には破ったノートが散らばっている。作詞に上手くいかなくて自棄になっていることが明らかに見てとれた。 「またやってる」 できるだけ威圧的にそう言った。ネズはヘラヘラ笑ってまだ酒を飲んでいる。 「やってらんねぇですから」 「お酒でODするのやめて」 わたしだってたまに睡眠薬を一気飲みすることはある。でもリストカットはもうやめたし、ここまでダメ人間じゃないし、なにより期待されているバンドマンじゃない。禁句だが、ファンが見たらどう思うだろう。 ネズはまだヘラヘラしている。壜が空になったことを確認して、彼はわたしの腕を引っ張った。急だったので間抜けな声が出る。 「おれ、いま凄く気持ちいいんですよ」 そうだろうね、薬が効いているから。 わたしを抱き締める腕はとても細い。とても居心地良くて、だからわたしはなにも言えなくなる。身体を寄せ合っていると、熱が伝わってくる。 「おれ、いま凄く幸せなんですよ」 ネズの顔は見えない。 お酒臭い軽い口づけにわたしは少しだけ文句を言う。 彼は青く染まった舌を覗かせて笑った。 いつだかふたりでお揃いだねと笑ったことがあったっけ。 - - - - - - |