×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -




ミス・ミステイク



 フラれた。
 というか、彼女――いまでは元カノというべきか――と音信不通になって半年以上が経った。
 ヤツは最後に「キバナくん大っ嫌い」というシンプルかつ的確にダメージを与える台詞のあと、涙を拭って「覚えてろ」などと犯行予告めいた言葉を残した。そして同棲していた部屋から自分のものを最低限持ってどこかに出て行ってしまった。オレは止めるに止められずあたふたして情けない姿を見せたに違いない。
 オレは彼女がこのうえなく大好きだった。否、いまでも大好きだ。彼女といると世界が宝石箱に見えるくらい盲目になってしまう。彼女は宝石箱のなかでも特等席、玉座に座るゴージャスなティアラ、そしてそれを冠するお姫様だ。直視できないほどに眩い。オレは彼女にとって初めての彼氏だったから、最後の彼氏になれるように全力を尽くした。本当に、この世でいちばん最高のコだった。笑うとあらわれるえくぼがなにより可愛かった。
 彼女も同じくらいオレを愛していた、と、思う。少なくともあの夜までは。あまり思い出したくないが、立っているだけで蒸し焼きになりそうな夏の夜だった。長く彼女と過ごして気が緩んだのか、それとも魔が差したのか、とにかくオレは派手な女とクラブで意気投合したあとホテルに行きそうになっていた。なっただけだ。行ってない。既で気づいて女を振り解いて逃げたが、ツいてないときはとことん駄目なもので、その現場をよりによってあの猫背で目つきの悪い男に見られたらしい。彼はお優しいことにその現場の写真を撮って彼女に送り、家に着いたオレは猫が威嚇するようなトーンの罵声を浴びて、そういう運びになったのである。彼曰く「悪い女に騙されてホテルに連れて行かれそうになってますから止めたほうがいいでしょうか、友人として」みたいなことを送ったらしいがわざとらしいにもほどがある。オレが女の肩を抱き寄せる一歩手前の写真なんてよく撮ったものだと感服するが、それはそれ。
 とにかくオレは彼女にフラれてしまった。ふだんオレの方が少し彼女の男関係について制約を課していたせいもあり、余計にムカついたのだろう。といってもそこまで厳しいものじゃない。知らない男とふたりで食事に行くなとか、男のいる飲み会に参加するときは定期的に連絡を入れろとか、出かけるときにはいつどこで誰となのか尋ねるとか、オレといるときに男の話をしないようにしてもらうとか……それくらいだ。「随分と不安だったんですね」ネズはそう言った。不安、か。そうだったかもしれない。惚れた贔屓目なのだろうが、彼女はいままで彼氏がいなかったのが不思議なくらい可愛くて気が利いて真面目で素敵な女性だ。話によると親御さんが厳しかったそうで、育ちもいいし――「別れた女のことをあんまり言うのもキモいですよ」最後の一本を灰皿に落とし、ネズは「じゃあおれはデートがあるんで」と帰って行った。フラれた原因の男にめそめそと未練を語るオレもおかしいが、たぶんそれくらい混乱しているのだ。
 彼女の使っていたシーツがある。クッションもある。服もまだ少し残っているしコレクションしていた香水も並べてある。どれもこれも捨てられず、オレは彼女に縋るようにそれらの近くで毎晩寝た。自らを慰めるときにも使った。彼女の使っていた清潔感のある香水をお気に入りだった黒いカットソーに振りかけて何度も自涜に耽った。このうえなく情けない日々が続いた。
 もう他の男を作っただろうか。考えると発狂しそうになる。オレ以外とセックスする彼女を想像すると目の前が真っ暗になって思考が停止する。太ももの付け根にあるほくろとか、感じるところに触れると「そこやだ」っていう癖とか、全部オレだけのもののはずだったのに。今夜も妄想のなかの彼女は「そこやだ」と呟きながら気を遣った。ここまで来ると引きずるというよりも拗らせているといった方が近い。無味無臭、モノクロームの毎日で、彼女のことを考えているときだけ不思議な幸せに包まれた。
 恥ずべきは性欲で、これで失敗したのにどうしても湧いてくる。いまでは彼女のことしか考えていないが、半年も経てばどうしても想像や思い出に限界が出てきた。オレはこそこそとアダルト動画のサイトを開いてできるだけ彼女に似た女優を探すようになっていった。細分化されたタグで引っかかりそうなものに片っ端から目を通し、上から下までじっくりスクロールする。ロリ系でもないし特別高身長でもない、綺麗なのにこれといった特徴のないお姫様だった。虚しい、と思いながらもスクロールを続ける。
 だんだん飽きてきた頃、ひとつのサムネイルが目を引いた。〈新人! 清楚系美人デビュー! お姫様は陵辱がお好き〉というタイトルの動画だ。タイトルはどうでもいい。ジャケットに大きく写るはにかんだ色白の女優。加工で消えかかったえくぼつきで、大きなリボンのついた下着姿でちょこんと座っている。目を擦る。幻ではない。名前は全然知らない人間のものだったが、こういう場で本名をそのまま使う女もいまい。
「……はは、めっちゃ似てる」
 オレはデカい独り言ついでに動画購入ボタンを押す。サンプルを観てみるという考えはすっぽり抜けていた。また混乱していたのだろう。
 シークバーが動画を読み込みながら長さを増してゆく。オレはどきどきしながらそれを見つめた。脳内では「彼女にそっくりな女優がいた」「可愛い」「それはすごいことで、オレが求めていたことだ」とぐるぐる考えていた。
 お決まりのインタビューシーン。ニットのワンピースを着た女優が「どうして動画出演しようと思ったんですか?」の質問に「えへへ」と笑ってごまかした。その声はオレの身体の隅々まで染み付いている彼女の声そのものだった。絶望と希望がぐちゃぐちゃになった頭で再生位置を変えてみる。カメラに向かって大きく脚を開かされた女優が恥ずかしそうにはにかんでいた。下着をやや乱暴に脱がせた男優が「あれ、こんなところにほくろがあるね」と例のほくろを指さした。「気づきませんでした」嘘つけ、初めてセックスしたときに教えたら恥ずかしそうに見ないでって言ったじゃねえか。なんだよこれ。それから男優が無骨な指で彼女のなかを荒らす。「きもちい」「あ、ああ、あ」「おかしくなっちゃう」嘘だ、彼女はそんなこと言わない。「やだ」って可愛く喘ぐんだ。「そこやだ」って泣きそうになりながら、オレの指で気を遣る。全部嘘なのに、画面に写るお姫様は本物だった。
 スクロールバーを後半まで飛ばす。ポリエステルの安っぽいドレスみたいなベビードールを着せられた彼女が様々な男に囲まれて「初めての経験ですけど、楽しみです」とマネキンみたいな笑顔を浮かべていた。タイトル通り、彼女が凌辱されるシーンが続く。「やめてくれ……」オレの呻き声はきゃんきゃん喘ぐ声にかき消される。苦しくて切なくて椅子に背中を預けたら、いままででいちばん大きくギイと軋む音がした。
「そこやだぁ」
 騎乗位で胸を鷲掴みにされた彼女が聞き覚えのある声で喘いだ。ひく、と腰が反応する。いやだ、そんなのはよくない――よくないのに、オレはがちゃがちゃとやかましくベルトをはずし、犯される彼女を食い入るように見つめながら自慰をした。
 誰にも触らせたくなかったのに。他の男に取られたくなかったのに。オレだけのものだったのに。
 ビーズで作ったおもちゃのティアラをつけた女優――彼女が画面越しに笑う。苦しそうに、でも嬉しそうに。ああ、オレは復讐されたんだ。刺されるとかそういうんじゃなくて、彼女は自分を傷つけてまでオレを傷つけたかったんだ。それってさ、たぶん、間違えてるよ。うまく言えないけど。
 いままででいちばん汚い体液が手を汚す。オレの間違いのせいで彼女も大きな間違いを犯した。どうすればいいんだろう。どうしようもないのに、オレはなにもまともに考えられないまま、まだ動画を眺めていた。

- - - - - - -
20220429*末端さん
リクエストありがとうございました!