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ティファニーと恍惚を



 そもそも出会うのが遅かった。オレが一目惚れした時点で、彼女は薬指にキラキラと輝くリングをつけていた。だからといって片想いするのは勝手だし、まあ結婚なんて紙一枚で成立して紙一枚で破棄できる簡単な制度だしなあなんて考えて、特に気にしてない。幸いにも彼女はオレの下心に気づかず「いい友達」として接してくれるし。うちに来て一緒にゲームをしたり映画を観たりするくらいには距離感が近くて、オレとしてはそれなりに幸せな関係だったと思う。
 そんな折彼女がなんでもなさそうに言った「そろそろ子ども作ろうと思ってさあ」は衝撃だった。驚きすぎてそのとき飲んでいたコーラを吐き出しそうになって、なんとか堪えたけど心臓がばくばくと音を立てた。そしてこの緩い関係ももう終わりなのかと絶望しかけたらそういうことではなくて、応援してねとか曖昧なことを言われて終わった。そのあと彼女の好きなとんでもないスプラッター映画を並んで観たけど全く集中できなくて、気がついたら地球が滅んでいて、オレの頭のなかではさっきの言葉がぐるぐると渦巻いていた。「子どもを作る」ってことはセックスするってことだ。旦那と。そう思ったら急に嫉妬心が湧いてきて、顔しか見たことない彼女の旦那を殺したいくらい憎くなってきた。
 身体は正直で、それを告げられてからオレは朝も昼も夜も飯が喉を通らなくなり、一睡もできないまま職場に向かっては意識を失ったまま仕事をした。それが一週間も続けば周りにも心配され、とりあえず病院に行けと無理やり休みを取らされた。向かった心療内科ではなんだか難しいことをたくさん言われ、なんだか難しい名前の薬を一ヶ月分処方され、それを報告したらなんだか分からないうちにひと月ほど休んでいいことになった。
「どしたの?」
 で、同じ職場なんだから彼女にそれがバレないわけはなくて、休み初日、彼女は退勤後にわざわざ見舞いにきてくれた。
「仕事頑張りすぎた」
 まさかオマエのせいでなんて言えるわけもないから、いままでは気にならなかった薬指から視線を逸らしそれっぽいことを言う。
「そっか、もし迷惑じゃなかったらご飯とか作って帰ろうか?」
「うぇ」
 嬉しすぎて変な声が出た。慌てて口元を押さえて「あ、嬉しい、助かる」と小さい声で答えた。こうしていると恋人同士なのに絶対にそれはありえないのが悲しい。楽しそうに料理をする彼女の背中を見ていて、ようやく「オレの子どもを産んでほしい」と考えていることに気づいた。気づいてからぞっとする。だって向こうは人妻だし、オレとセックスなんてしたことない。どうしたらいいんだろう、どうしてこんなことを考えてしまうんだろう。好きだけど、愛していても、幸せを願うべき相手じゃないのか? オレは頭を抱えた。自分がひどく醜い生き物に思えて、彼女が”ありものでテキトーに作った”野菜炒めとかを食いながら泣きそうになっていた。
「おやすみ、キバナくん、なにかあったらすぐ連絡してね」
「……旦那さんに悪ぃから」
「キバナくんは旦那より大事だよ!」
 たぶんその言葉は嘘じゃないけど、真実でもない。優しく笑う彼女の面影を振り切りたくて、難しい名前の睡眠導入剤を二錠飲んだ。一週間ぶりに夢も見ないほど熟睡できて怖いくらいだった。
 日中はぼうっとして過ごした。興味のない海外アニメをずっと流しながらもたもたと部屋の掃除をし、意味もなくベッドを整える。そうこうしていたら訪問看護師みたいに彼女がやってきて「ご飯作るよ〜」と食材のいっぱい入ったビニール袋を片手にキッチンに立った。思わず抱きしめたくなるも、伸ばしかけた腕に爪を立てる。今夜は”気合の入った”グラタン。できるだけ彼女に長居してほしくてわざとゆっくり食った。
 彼女の作ってくれた飯を食って眠剤を飲んで昏倒して、という生活が始まって一週間経った。顔色がよくなってきたらしい。「わたしのご飯のおかげだ〜」と言うので「全くその通りです」と頭を下げたらよしよしと撫でられた。
「お土産に紅茶もらったから飲まない? なんか変わった茶葉で、青くなるんだって」
「あ、オレが淹れる」
「いいの?」
「それくらいしないと悪いじゃん」
 カップをふたつ取り出し、準備する。上手い淹れ方とかは知らないから適当に。白いカップに青い紅茶の取り合わせが妙だった。これ美味いのかな……とか思いつつなんとなくポケットを探ると、いつも飲んでいる錠剤が指先に触れた。
「……あ」
 これ、水に溶かすと青くなるって医者が言ってた気がする。てことはいまこの紅茶に入れてもバレない。オレの身体で気を失うくらい眠れるんだから、彼女が飲んだらどうなるんだろう――もしかしたら、いやそんな、オレの思い通りにいくものだろうか。思い切って二錠溶かして、素知らぬ顔で彼女の前に出す。「わ、ほんとに変な色」と言いながらひと口飲んで「でも味はそんなに変じゃないかも」と一気に飲み干した。オレの心臓はもうぶっ壊れそうなくらい早鐘を打っている。
 結果は予想以上だった。二十分過ぎたくらいから「あれぇ、なんか、ねむいかも」と呂律が回らなくなって、ソファに倒れ込むように寝てしまった。名前を呼んでも頬をつねってみても特に反応がない。オレはそろりと彼女の上に跨り、ブラウスのボタンに手をかけた。ひとつずつ外していくと真っ白な肌が現れて、吸い寄せられるように顔を近づける。首筋に鼻を埋めても無臭で、甘い匂いもしなくて、ただ生きている人間の香りだけがした。薬指からリングを外して、テーブルに置く。
「オレの子ども産んでよ」
 返事はない。当然だ。ちっとも動かない唇に自分の唇を押し当てて、舌を差し込む。歯並びがきれいだなあ、とかやけに呑気に思ったのは初めのうちだけで、気づけば我を忘れて彼女の口内を貪っていた。服を全部脱がせ、白い身体を晒す。脚の間は濡れていない。当たり前か、と思う。ソファに寝かせたまま、吸い寄せられるようにそこを顔を埋めた。夢中で舐めて、しゃぶって、啜って、それから恐る恐る中指を入れる。きついだけできちんと入った。ぴく、と彼女の腰がわずかに跳ねる。
「はは、気持ちいいんだ」
 指先をくにくにと動かしつつ、ベルトを外して前を寛げた。興奮で獣のような息遣いになっていて、やっぱりオレは醜いんだなといっそ清々しくなった。先端を押し当てて「止めるならいまだぜ」と囁く。ぐったりした彼女は依然なにも反応しない。細い右脚を抱え、ゆっくりと奥に侵入する。ぎゅうっと締め付けてくる内側に熱い息が出た。
「やべえ、オレたちセックスしてるよ、なあ」
 腰を打ちつけながら呟いた言葉は虚しく部屋に響くだけ。
「すげえ気持ちいい、っは、あ、めちゃくちゃ好き、ほんと、マジで好き」
 涙が出そうだ。好きなひととひとつになるのがこんなに気持ちよくて苦しいとは知らなかった。半ば無理やりオレの性器を受け入れさせられたそこは赤く腫れている。血こそ出ていないが、可哀想だと思った。
「ごめんな、でもむり、好きだから、オレの子ども産んで、おねがい、孕めよ、頼むからさ……」
 たぶんオレはもう泣いていた。必死に懇願しつつ腰を振り、彼女の奥の奥で射精する。どくん、と全身が性器になったみたいに脈打った。ずるりと引き抜いたら少しだけ精液が溢れた。
「……溢すなよ」
 無性に腹立たしくなって、それを指で掬って中に戻す。
「オレの子ども産むんだろ、全部受け止めてくれよ」
 荒い息のまま彼女を抱きしめ、熱を出し切って落ち着いた性器を太ももに擦り付けた。「たくさんしような、いっぱい、孕むまで」オレの頭はおかしくなってしまったみたいで、なにも答えない彼女相手にずっと同じようなことを話しかけた。
 また勃起したものを再度彼女に突き立てる。膝裏を掴んで力任せに揺すった。「う、ぁ」彼女の喉の奥からかすかに声が洩れる。感じているのか分からないけどそれが妙に嬉しくて、さらに興奮して、また精液をぶちまけた。
 それを何度も何度も繰り返して、彼女の膣からオレの汚い精液がとめどなく溢れかえる頃、ふと時計を見たら日付が変わりそうになっていた。さすがにやばいと思い、慌てて彼女の身体を拭いて服を着せる。
 上気した頬をぺちぺちと叩き「おい」と声をかけた。うっすらと目が開く。ぼんやりとした瞳がオレを見つめて「きばなくん、」と不思議そうに名前を呼んだ。まだしっかりと薬が効いている時間だ。眠くて仕方ないはず。「疲れてんだな、タクシー呼ぶから家で寝ろよ」とできるだけ優しく言う。
「うあ、ごめんねぇ」
 ふらつく身体を支えてタクシーに乗せる。
「旦那に連絡は?」
「ん、だいじょぶ、かえる」
 いまいち会話が成立しないが、運転手が女性だったのでとりあえず任せる。「ばいばい」「ん、またな」「またくるね」「……うん」挨拶を交わし、車が見えなくなるまでぼうっと立っていた。
 玄関の鍵をかけ、その場に座り込む。やっちまった、最高だったけど最悪だ、もうどうしようもない、オレは最低な人間だ。罪悪感と自己嫌悪と幸福と後悔と、色々混ざったものが胸の中でぐちゃぐちゃになる。
 脚を引きずりながらリビングに戻ったらテーブルにキラキラと輝くなにかがあった。近寄るのが怖かったので目を細めて遠目に見てみる。「……あ」彼女を襲ったときに外した細いリングだった。それを認めた瞬間、ぶわっと視界がめちゃくちゃになった。涙が次から次に零れて止まらない。指輪を握りしめたまま嗚咽を殺すように泣いた。こんなもの、捨ててしまいたい。でもそうしたらきっと彼女は困ってしまう。だったら彼女がまたくるまで大事に取っておくしかないのだ。
 泣きすぎて頭が痛くて眠れない。五度目の寝返りを打ったあと彼女からメッセージが来た。
〈今日はごめんね、シャワー浴びて寝ます。また明日〉
 ごめんと言わなければいけないのはオレなのに。返信せずにそのままスマホを裏にして寝返りを打った。
 醜いオレはたぶん明日も同じことをする。そしてまた後悔して泣いて自己嫌悪に陥って、でもなににも気づいていない優しい彼女はまた来てくれる。ベッドサイドのキャビネットから睡眠導入剤を取り出して飲んだ。ついでにキラキラと輝くリングも放り込んでおいた。明日返せるかは明日のオレが考えるはずだ。おやすみ、なにもかも。

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20220305* 沙世さん
リクエストありがとうございました!