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テロルおじさん


「あたしのおじさん、テロリストだったんだ」
 セックスの後、手首に走る赤い傷をかりかりとひっかきながら女は呟いた。それがまるで「今日はいい天気だね」とでも言うような穏やかなトーンだったのでそうですねと軽く流しそうになる。そうで、まで言いかけて「はい?」と聞き返した。女はこちらを見もせずもう一度「あたしのおじさん、テロリストだったんだ」と同じ態度で言った。
「比喩ですか」
「ううん、本物。十年以上前にどっかの外国で死んじゃった。ニュースにもなったよ。動画ないかな」
「グロテスクなものは苦手なんで」
「ニュースの動画だよ。ああ、あった」
 長い爪がかつかつとスマートフォンのディスプレイを叩く。手招きされたので煙草を潰してベッドに戻り、冷たい身体を抱き寄せた。
 映し出されたのは公共放送の古いニュース映像だった。目撃者と現地レポーターが知らない言語でやりとりしている。
〈とりつく島などなかったそうです〉
〈まるで花火みたいに〉
〈何人も道連れにして〉
 テロの直後に撮影しているらしく背後には土煙が舞っていて、怪我人が運ばれる様子が画面端で見切れていた。〈死亡した犯人は――〉続けて告げられたのがそのおじさんの名前だろう。
「いつも難しい話ばっかりしてて、変なひとだなと思ってた。だって八歳くらいのあたしに世界とは、思想とは、人類とは、なんて話すんだよ。よくあたしの部屋で葉巻吸ってた」
 八歳だったかな、もっと小さかったかも、と女は首を傾げた。柔らかい髪がおれの肩を撫でる。くすぐったくて気持ちいい。
「これの一ヶ月後くらいにうちに遺書が届いて、ママが泣いてたな。最期までひとに迷惑かけるやつだったって。あんたはそうならないようにねって」
「どう応えたんですか」
「がんばるね、とか言った気がする」
 充電コードに繋いでいたおれのスマートフォンがメッセージを受信して光る。送信者には恋人の名前。見なかったふりをして冷たい身体を一層強く抱きしめた。
「それでね、あたし宛の遺書っていうか、お手紙もあって、それはママには見せてない」
「へえ、それはおれには教えてもらえるんですか?」
「ネズさんは特別」
 小さい頭がこちらを向く。なにも理解していないような、それとも全てを見透かしているのか分からないような不思議な目をしていた。青白い頬をなぞったらその目を細め、
「あたしの部屋にはおじさんが作った爆弾があるんだよ」
 ととんでもないことを教えてくれた。指先が止まる。さすがにジョークだろうと笑ってみせるが、女は顔色を変えずもう一度「あたし爆弾持ってるの」と繰り返した。
「本棚の隅っこに置いてあるよ。あたしの部屋覚えてる? ニーチェとかキルケゴールが並んでるとこ、その端に埃をかぶった小さい木の箱があるの」
「……覚えてないです」
「百万人は殺せるぜって言ってたけど、まあそれは嘘だろうね」
 に、と今度は彼女が笑う。おれはたぶん青褪めた顔をしている。
「この世には真理がたくさんあってね、あたしが選びたいものを選んでいいんだって。大きくなって、そのために必要なら使いなっておじさん最後に会った時に言ってた」
 またおれのスマートフォンが光る。送信者は同じだ。帰りが遅いのを心配しての連絡に違いない。おれの恋人は母親のようなところがあるから。
「でね、あたしは大きくなったでしょ?」
 そんな恋人とは正反対に、子供みたいに無邪気な口調と表情。動揺しているのを悟られないよう「どうですかね」と揶揄してみる。
 柔らかい髪がまた揺れて、冷たい耳がおれの胸元に寄せられた。心拍数が上がっているのは気取られたくなかったのに。
「だからね、ネズさんがいまの彼女と別れなくて、あたしと一緒になってくれなかったらね、大きな花火が上がるよ、きっと」
 どくどく、どくどく。
「ふたりで花火になろうよ、怖くないよ」
 またメッセージを受信する光。とても穏やかに微笑む女。アナウンサーだかレポーターだかが〈とりつく島などなかったそうです〉と報告する声が聞こえた気がした。

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