×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




非ダイダロス的欲望



 本当は大好きで大好きで大好きで気が狂ってしまいそうなくらい愛しいひとがいる。思い出すだけで胸がキュッとして、顔をまともに見られないくらい好きな人が。だけど彼は一生手が届かない眩しい人。わたしは彼の妹の友達。そんなわたし、絶対に恋愛対象にしてくれない。せいぜい妹同様可愛がってくれるくらいだ。
 彼のことを考えるだけで涙が出てくる。叶わない恋はひとをセンチメンタルにさせるのだ。手を繋ぐことだって叶わない。視線を合わせることすら、難しい。
 抱き締めて、キスしてほしい。もっと先のことだって。だけどこの燃えるような欲望は満たされない。こんな浅ましい思いを抱くわたしを許してほしい、どうか。恋人がいるのならその次でも構わない、何人いても構わない。あなたの端にいさせてほしい。
 どうしてもしんどくなったときは、もう逃げ出してしまう。わたしを受け入れてくれるダメ男の許に。小雨の降る寒い日、自分へのささやかな抵抗に、お気に入りのニットを来て小走りにダメ男の家に向かった。
「来る前に連絡ほしかったんだけど」
 少し髪を濡らしたわたしを見るなり、玄関でキバナさんは笑った。タオルを放り投げて、部屋に入るよう促す。
「他の女がいたらどーするつもりだったわけ?」
 わたしからしたら彼は友人の兄の友人、つまり他人。他人同士は楽だ。しかも、自分のだらしなさを隠そうとしないキバナさんは居心地が良かった。
「挨拶して帰ります」
 髪がきしきしと傷んだ。タオルからは柔軟剤のいい匂いがしている。
 メイクが崩れているかもしれない。ポーチから鏡を取り出そうと手を伸ばすと、そのまま掴まれてベッドに引き摺り込まれた。話が早い。話が早い男は好きだ。
 つまり、わたしはキバナさんと身体だけの関係をもう何ヶ月も続けていた。
 大きな身体が覆い被さる。天井の電球が隠れて、辺りが真っ暗になる。キバナさんの表情だけ曖昧に読み取れた。いつもの爽やかな笑顔だった。
「したくなっちゃった? オレと」
 そう、とも、違う、とも答えられない。だってまだわたしはネズさんのことを考えているから。ああ、お気に入りの服なんて着てくるんじゃなかった。どうせ乱暴に脱がされて、駄目になってしまうんだ。でもそれを望んだのはさっきまでの自分。こんなことをしてしまう自分への戒め。
「オレはいつでもしたいから」
 笑顔が近づいてきて、わたしたちの距離がゼロになる。すでに熱い唇が襲いかかって、呼吸を盗まれ、いきなり捻じ込まれた舌が口の中を犯した。角度を変えて何度も何度も犯される。「は、……っ」ネズさんはこんなことしない「あっ、あ……っ」ネズさんならもっと優しく、キスしてくれる。気持ちよさと葛藤で頭のなかがぐちゃぐちゃになってしまう。
 わたしの小さい声に満足したのか、キバナさんは唇を離した。手首で口許を拭う仕草が野性的で、思わず顔を逸らす。
「キス好きだよな」
「……そんなこと、ないです」
 本当に?と意地悪な目つき。大きな手が足を割って、下着のなかに侵入する。知ってる、恥ずかしいくらいに濡れているんだ、わたし。だってネズさんのことばかり考えてるから。
「すげー濡れてる」
 耳元で囁く声にお腹の奥がきゅんとした。キバナさんはそのままわたしの耳に噛みつき、飴でも舐めるみたいにしつこく舌を絡める。わたしは羞恥心と戦いながらも漏れる声が抑えきれない。こんな声ネズさんが聞いたらどう思うだろう。恥ずかしい。死んでしまいそう。
 柔らかくなぞっていた指が突然奥に差し込まれた。わたしは悲鳴を上げる。「はは、すぐ入っちゃった」耳元で楽しそうな声。くちくちと音を立て、長い指がなかを犯す。大きな声が出ないよう口を覆った。じんわり涙が出てくる。奥の奥をいじめる指先が憎らしい。
 キバナさんは遊んでいた方の手を服に差し入れた。器用に下着が脱がされ、指先で胸が弄られる。くすぐったい。高い声を抑えながら、やっぱりわたしはネズさんを思い出す。ネズさんの細い指がわたしのお腹を這って、胸を触って、それから、
「我慢できねーや」
 少し余裕のなくなった表情。キバナさんはベルトを外し、身体をさらに密着させる。熱い。蕩けそうなほど。こんな体温は求めていない。きっと彼の体温は低くて、
「いっ、あ、」
「あ、痛かった? ゴメン」
 半ば無理やり挿入された熱に逃げ出しそうになった。それを許さないキバナさんの大きな手が腕を掴んで思いきり腰を打ち付ける。魚みたいに跳ねるわたしの身体。シーツを握りしめる手が痛い。
 違う、違うのだ、何度も繰り返してきたけれど、ネズさんとは全く違う。欲望が満たされればいいやといつも思うのに、やっぱりネズさんを思い出して悲しくなる。ネズさん、ネズさん。わたしあなたに抱かれたい。
「まぁたネズのこと考えて」
 凶暴なほど身体を動かしながらキバナさんは鼻で笑った。
「だって……っ」
 反論はキスで封じられた。キスに弱いと知りながら、狡い男だ。
 わたしはまた記憶のなかのネズさんに耽溺する。この唇もこの熱もこの快感も、全部ネズさんのもの。わたしはいまネズさんに抱かれている。そう思わないと、いますぐ死んでしまいそうだったから。
 ぐずぐずとなかを蹂躙する熱が恨めしい。気持ち良くてどうしようもない。結局、欲望からは逃げられない。ぶつかる肌と肌、キバナさんの荒い息、わたしの嬌声。混ざり合って部屋の熱気に溶けていく。
 わたしが達してから、いつものようになかに精液を吐き出して、キバナさんは満足そうに大きく息をついた。
「やっぱ身体の相性最高だと思うぜ、オレたち」
 汗を拭い、彼はそう言った。
「付き合おっか」
「いや、です」
「冗談だって」
 わたしはまだ息を荒げているのに、彼は涼しい顔をしている。煙草を取り出して、許可も得ずに吸い始めた。こういうところが嫌いだ。わざとらしく咳払いしてみたが、全く気にする素振りはない。
「ネズが大好きなんだもんな」
 ギリギリまで吸った煙草を灰皿で捻り潰して、キバナさんはまた鼻で笑った。
「でも仮にさ、可能性があったとして、オレとこんなことしてる女の子を好きになってくれると思うか?」
 ――ネズさん、ネズさん、あなたが振り向いてくれないから、わたしこんなことしてしまうんです。あなたのせいです。あなたがわたしをこんな風にしてしまったんです。でも、大好きです。
 気づかれないように、シーツに隠れてそっと泣いた。

- - - - - -