オレンジ、コーラル、ピンク、レッド。 彼女のくちびるはキラキラと輝き、ふるふると震え、くるくると表情を変えて、おれの視線を釘付けにしてしまう。 ローズ、ベルベット、たまにブラック、パープル。 ラメの乗ったやわらかそうなくちびる。不意に近づいてはおれをどきりとさせる。 いつだったか「口紅とネイルの色は下着と揃えるんだよ」と耳打ちされたことがあった。それ以来彼女のメイクを見るたびに下着姿を思い浮かべてしまい、まともに顔が見られなくなってしまった。だから彼女と会うときに印象に残るのは指先と、くちびる。 会話が続かなくなり、おれは適当に「この前エンジンシティでUFOがみえたらしいですよ。結局風船だったらしいですけど」とカブさんから聞いたばかりの話を振ってみた。 「ネズくんってUFOってどういう意味か知ってる?」 「未確認……物体」 「ちょっと正解。正確には未確認飛行物体。で、その場合は風船だったって判明してるからUFOではないの」 しまった、話題を間違えたようだ。「ネズくんたちが思ってるUFOは宇宙人が乗ってる空飛ぶ円盤だね」彼女はコーヒーのカップを揺らし、赤いくちびるを窄めた。 なにも応えられなくなってしまって窓の外を見る。星の見えない暗い空が広がっていた。反射で窓に映る店内がやけに鈍く、色素の薄い世界に見える。そんななかでも彼女のくちびるは目立っていて、内心では逃げようがなかった。 「ねえ」 彼女が身を乗り出す。揺らいだ赤いものが近づいてきて、呼びかけに振り向いたおれのくちびるを奪った。面食らって彼女の目を見つめる。口元を両手で覆った彼女は「ふふ」と楽しそうに笑った。 「いまのなにか分かった?」 「……いえ、なにか――なにかが近づいてきました」 「どんな風に?」 「……ふわふわ、と、赤いものが浮いていました」 「なんだろうね」 くちびるは隠されたまま。 「いまのがね、きっとUFOだよ」 ふふ、とまた笑う。小さな手の下でキラキラと輝くくちびるを想像し、耳が熱くなった。 - - - - - - - |