×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




アンラッキーリベリオン


 蝉時雨が急かす昼下がり、オレは苦手な文筆に文字通り頭を抱えている。時折依頼されるエッセイのようなものは昔から作文がとにかく苦手だったオレには厳しいタスクだ。弟に書かせたり友達に書いてもらったりしてごまかしてきたが、大人になってそのツケを払う羽目になるとは思わなかった。
 ちら、とマネージャーに目をやる。手うちわに難しい顔でパソコンと向き合っていて、話しかけられる雰囲気でもない。しばらく盗み見していたらきっちり上まで留められているブラウスのボタンをふたつ外し、それから手首にしていたヘアゴムで雑に髪を括った。白い首筋が露になってどきりとする。雑念を払うようにクーラーの温度を下げ、もう一度頭を抱えた。風切り音が蝉時雨と混ざり、頭の中がさらにごちゃつく。今日はもう、無理かもしれない。
「ダンデさん」
 ふと顔を上げる。デスク越しにマネージャーがオレを見ていた。
「今日提出のエッセイならやってるぜ……書き進んでないだけで」
 無駄に説明口調で言い訳をしてみる。サボっているわけではないと伝えたかった。執筆画面を見せようとノートパソコンを彼女の方に向けたら、小さな指先がぱたんとそれを閉じる。怒られる、と思った。なぜなら締切自体は二時間も前に過ぎているのだから。
「ダンデさん」
 また名前を呼ばれる。次はなにを言われるのかと視線を逸らせずにいたら、小さい膝がデスクに乗った。ぎょっとする。彼女はそのまま全身を乗せ、胸元を強調する猫のようなポーズを取った。
「さっきからお誘いしてるのに、どうして気づいてくださらないんですか?」
 毒気のある甘やかな囁き声。「見てたくせに」と冷やかすみたいに言い、またひとつボタンを外した。ごく、と唾を飲む。それに呼応するようにまたひとつ、またひとつとボタンが外され、ついに胸元が完全に肌蹴られた。繊細なレースに縁取られた淡いアイボリーの下着。しっとりと汗をかいているデコルテ。つややかな唇を舐める赤い舌。
「ほら、脱がせてください」
 膝立ちになった彼女に手を取られて導かれたのはタイトスカートの中。抗えずに太腿を伝い、骨盤の辺りに指を這わせる。細い紐に行き当たって戸惑っていると「解いて」と誘われた。人差し指と親指で摘み、するりと引っ張る。もう片方も同じようにしたら小さな布が彼女の細い脚の間に落ちてきた。それをなんでもなさそうにデスクの下に払い除け、短いスカートをさらに短くたくしあげる。
「んっ、見てください、ダンデさん……っ、ダンデさんのこと考えると、こんなに……」
 雌の匂いがするそこを指先で広げ、体液を滴らせ、鼻にかかった声で「あ……っん、ごめんなさい、職場でこんなこと……っ、いやらしい女でごめんなさい……っ」と謝る。オレはなんとも答えられず、彼女の膝の辺りに触れている。
「ダンデさん、いじわるしないで、触って……?」
「ど、どこを……」
「……わたしの、だいじなところ、たくさん犯して……?」
 ひどく大胆なことをしているのに、それを感じさせない恥ずかしそうな口調。指を噛んで「早くぅ」と腰を突き出す。そこがちょうど目の前にあって、オレは下品に舌舐めずりをする。太腿を掴み、顔を埋めて、それから――



「あっ、あ、そうしたらきみが、……ッう、あ、」
 ダンデさんは本日も丁寧にわたしでどんな妄想をしたかを話してくれていた。今日はわたしを来客用のソファに寝そべらせ、逃げられないように馬乗りになっている。だんだん話を聞くときの体勢もエスカレートしているように感じてきた。顔のすぐそばにダンデさんの性器があって、そのにおいに辟易する。さっきから垂れる体液が胸の辺りを濡らして疎ましい。壁のカレンダーを見て、今日でだいたい一ヶ月くらいか、と思う。どうやらわたしはこの行為に慣れてしまったか、麻痺してしまったようだ。
 それで、彼の妄想の中のわたしは彼の舌に腰を抜かし、デスクで大きく脚を開いてさらなる快楽をねだったそうだ。
「も、もっと……っ、もっと舐めてくれときみが言う、から、オレはッ、うぐ、ぅ、」
「……はい……」
「っあ、息が、あたる……っ」
 慌てて口元を覆う。少しでも彼を刺激しないようにしないといけない。これはこの一ヶ月でわたしが学んだことのひとつだ。
 そしてダンデさんはおねだりをするわたしの弱いところを攻め、何度もイかせた。もうイきたくないと泣くまで気持ちよくしてくれたらしい。そんなにされると痛いのではないだろうか、と思う。
「さ、誘ったのはきみだ……っ、だからオレは、ッう、あ、ああっ、きみがお望みの通りに、ッお、犯してやったんだ……ッ、う゛っあ゛、あああっ!」
 デスクの上で組み敷き、服もまともに脱がずにわたしを犯したと彼は少し楽しげに語った。わたしから誘われたことが嬉しかったみたいだ。あくまで妄想の中のわたし、なのに。
「きみのなかは、ッ熱くて、すごく……っ、キツくて、はァ、あ、お、奥を突くと締め付けられる、……っ!」
 そんなのは全部、ダンデさんの右手次第だ。自分の言葉に興奮して扱く手を激しくして、それをわたしの膣内の動きだと妄想してまたのぼせて。
「お゛、お゛……っ、ぐッ、出る、イく……ッ!」
 咄嗟に顔を覆う。手のひらに温い体液がびしゃりとかかった。もう何度もかけられたダンデさんの精液。何度やられても気持ち悪い。最初ほどの嫌悪感と恐怖はないにしても。
 はあ、はあ、とダンデさんは肩で息をしていた。あんなに激しく動いてあんなに喋っていたらそうもなる。粘つく体液をすぐ側にあったタオルで拭い、ついでに胸ポケットに入れていた鏡で髪に散っていないかを確認した。
「もういいですか」
 極めて事務的に、冷静に声をかける。泣きそうになってはいけない、怒ってもいけない。どうしたってまた彼を興奮させてしまうから。努めてクールに、できるだけ冷淡に。
 ダンデさんは恍惚とした表情のままわたしを見ている。「……もういいですね?」繰り返す。嫌な予感がした。
「実は、もう、ひとつ、あって」
 途切れ途切れに落とされた言葉に絶望する。
 この一ヶ月でわたしが彼のいなし方を覚えたように、彼もまた媚びないわたしの辱め方を考えついていたのだろう。つくづく、不運なものだ。

- - - - - - -
全編はこちらから