「この夏はヒドイデに注意!」 夏らしい格好のレポーターが海岸でフリップを片手に注意喚起をしていた。 「例年より涼しいせいか、浅瀬にヒドイデが集まっています。刺されると強い痺れや痒みが表れます。お子様は特に気をつけてください」 「うわあ、大変だ」 「万が一刺された場合には――」 「ふむ」 テレビと会話しながら注意点をメモする。ネズくんはわたしのこの癖に慣れたもので、最初こそ「はい?」「いまおれに話しかけました?」「え、テレビと話してるんですか……」と怪訝な顔をしていたものの、いまではすっかりふつうの顔して隣で同じ画面を眺めていた。たまに「ねえ、ネズくん」と話を振るとふつうに会話はしてくれるから、わたしの独り言は一応すべて聴いてくれているみたいだ。 「コマーシャルの後は、いま話題の俳優さんが登場です!」 市販の塗り薬は効かないから皮膚科に行くこと、とメモし終えたところでカメラが切り替わる。さっきまでの爽やかな海辺の映像とは打って変わってごちゃついたスタジオ。アナウンサーがふたりと地方タレントがひとり、それから誰か後ろを向いた背の高い男性。 「あ!」 昨日も別の番組で観たから分かる。わたしがいちばんすきな俳優だ。慣れないバラエティで恥ずかしそうにトークする彼にめろめろになってわたしはテレビ相手にずっと喋っていた。「バラエティはあんまり出ないですね」「そうだよね〜」「これは私服です」「そうなんだ! 好き!」「僕なんてそんな、あんまりかっこいい方じゃないんで……」「えーん! かっこいいよ!」ネズくんはそれも隣で観ていて「はいはい」「そうですね」「なるほど」といい加減な返事をしていた。 「ネズくんはヒドイデに刺されたことある?」 「そもそも海に全然行かねぇんですよね」 「そういえばふたりでも行ったことないね」 「行きますか?」 「いいね、いつにす」 「さて、ゲストはいま大人気のこの俳優さんです!」 「こんにちは〜」 「わーい!」 途中でかっこいい声が飛んできてすぐにテレビに視線を戻す。情報番組だからか、バラエティの時ほど緊張していないみたいだ。役作りのために二回ブリーチした金髪が強い照明に透き通っている。惚れ惚れする大きな眼、大きな口、長い手足、何度見ても見飽きない、ほとんど完璧な外見だ。これで王子様みたいなキャラクターから、冷酷な殺人鬼まで演じられるのだから驚嘆する。 「今回は主人公のライバルということで」 「原作読んでた頃からこのキャラがすきだったって話するかな」 「そうですね、実は僕この原作小説がすきでして」 「あ、ほら〜、ほらネズくん聞いた? 昨日と同じ話してる、かわいいね〜」 「……へえ、そりゃよかったですね」 けらけら笑いながらネズくんを向いたら眉間に皺を寄せ、いままで見たこともないくらい不機嫌そうな表情をしていた。いつもより声も低いし、あまりやらない腕組みまでしている。腕が細いから絡まっているみたいだ。なに?と問いかけたらそっぽを向かれた。 「……どしたの?」 「別に」 「怒った?」 「怒ってません」 ブリーチが痛くて途中でやめたくなったと笑い話をする爽やかな声を背景に、今度は顔を逸らして一向にわたしと目を合わせないネズくんに何度も話しかける。こんなネズくんは初めてで心がざわざわする。すごく、いやだ。 「怒ってる」 「じゃあ怒ってます」 「……会話してよ」 指を掴んだらようやくわたしを見てくれた。まだ不機嫌極まりない顔をしていたのに、わたしが涙目になっていることに気づいたら腕を解き「なにも泣かなくても」と焦ったように言った。 「……でもいまのはお前も悪いですよ」 言いにくそうにネズくんは頭をかく。 「せっかくその……デ、デート……の話をしたかったのに、あいつが出てるとそっちばっか見て……」 デートという単語が恥ずかしかったのかわずかに口籠もり、語尾がどんどん小さくなって、最後には聞き取れないほどの小声で文句を言っていたようだった。 確かに、なにも考えていなかったけど完全にわたしが悪い。さっきまでの自分の言動の子供っぽさが慚愧に耐えず、今度はわたしが赤くなる番だった。 「……………ごめんなさい」 素直に謝ったらネズくんは「はい」と頷き、それからまた視線を逸らして辛うじて聞こえる声で 「……………………あと、おれにもかっこいいって言ってください」 と呟いた。完全に耳まで真っ赤になっていた。 - - - - - - - |