×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




アヴァロンより愛をこめて


 「お姉さんはアニキには任せられん」
 とマリィがあいつを連れて逃げてしまってから半年。探偵を使ってようやく居場所が掴めた。意外にも彼女らの隠れ家は二駅しか離れていなくて、灯台下暗しとはこのことかと腑に落ちた。駅から少し離れた小さいアパートにふたりで住んでいるらしく、探偵は写真を勿体ぶってなかなか見せようとしない。「いやあ、驚かれるでしょうから」黙って追加の金を出す。厚みのある茶封筒がどさりと喫茶店のテーブルに置かれた。
 最後に見たふたりの姿はまるでロミオとジュリエット――シドとナンシーの方が近いかもしれない。ボニーとクライドほど強かではなかった。「アニキはお姉さんのことなにも分かってない!」とおれを怒鳴りつけて、傷だらけになったあいつの腕に包帯を巻いてやっていた。あいつはいつも通りめそめそ泣きながら「だいじょぶだよ、マリィちゃん、ネズくんはわるくないよ」とまるで庇うつもりのない調子で言い、さらにマリィを激昂させた。曰く、おれが冷たい、優しくない、病気に理解がない、支えようとしてない、他にもたくさん言われたがもう忘れた。妹の顔つきは初めて見るほど凛々しくて、なるほど恋は盲目とはこういうことなのだなと妙に納得した記憶がある。
 そいつが持っているピルケースに薬をきちんと選り分けて入れたのは誰ですか? 毎月カウンセリングとメンタルクリニックに連れて行っているのは誰ですか? オーバードーズしたときに吐かせてやっているのは誰ですか? 幻覚相手に怯えて部屋に入れなくなったときに抱きしめてやっているのは誰ですか?
 いちいち説明してやる義理はないし、恩着せがましくなるのも好きではない。だからおれは「はあ、まあ」と変な返事をした。冷たくした覚えもなにもない。むしろ身体いっぱいに尽くしてきた。だから拍子抜け、というとおかしいが、毒気を抜かれてしまって反論もできなかったのだ。
 あいつが泣くのはおれのせいじゃない。誰のせいでもない。じゃあ、どうすればよかったのか。
 できるだけ無感情に写真を取り出す。探偵はにやついてコーヒーを啜っていた。さぞかし幸せな生活を送っているのだろう、満面の笑みだったらおれも嬉しいが、とイメージして見たら、あにはからんや、血塗れの部屋で泣きじゃくるあいつの側でぐったりと座り込んでいる妹が映っていた。「こんなもんどうやって撮ったんですか」「すぐ隣のビルからちょっといいカメラで撮っただけですよ」自分で依頼しておいて勝手なものだが、探偵なんてものは気持ちの悪い商売だと思う。特にマリィはあんなに意気揚々としていたのにまさに尾羽うち枯らすといった様子。この半年髪も切っていないようだ。
「驚かれないですね」
 おかしいなあ、と探偵が首を捻った。「たいていは皆さん、自分を捨てたやつが不幸になってるのを見ると嬉しそうにされるんですけど」また悪趣味なことを言う。
 別に不幸になってほしいわけじゃない。捨てられたとも思っていない。じゃあ、探偵を使ってまでどうしたかったのか。
 なんだかんだでおれはふたりに甘いのだと思う。妹と、たぶんまだ恋人の女。
 疲れたらきっと戻ってくるだろう。おれでなければいけないあいつなのだから。泣きながらおれの胸に飛び込んできて「マリィちゃんはわるくないんだよ」と言うのだ。それを聞いたマリィは、あのときのおれと同じ反応をするに違いない。

- - - - - - -