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Methyl



 お姉ちゃんとわたしは似ていない。顔だけじゃなくてなにもかもが。スタイルがすごくよくてコミュニケーションが得意なお姉ちゃんはモデルをしていて、ポケスタも信じられないくらいフォロワーがいる。対するわたしは手足の短い地味な女。ポケスタなんて登録すらしていない。幸いにもママとパパはわたしとお姉ちゃんと比べてどうこういうような親ではなく、どちらにも同じだけ愛情を注いでくれている。お姉ちゃんもわたしのことが大好きで、わたしがただ劣等感を抱えているだけ。わたしがただ、哀しいだけ。
「か、彼氏!?」
「うん、明日連れてくるね」
 お姉ちゃんがなんでもなさそうに報告してるのとは裏腹にパパは目を白黒させている。ママもぽかんとした。
「変なひとじゃないよ」
 そうかぁ、とパパが腕を組んだ。お姉ちゃんが彼氏を連れてくるなんて初めてだ。いままでにもお付き合いしているひとはいたけど、ちゃんと会わせてくれることはなかった。ということは結婚とか、そういうことを考えているのだろう。わたしは恋人のひとりも作ったことがないのに、お姉ちゃんはやっぱり立派だ。
「わたしもいた方がいい?」
「当たり前じゃん、自慢の妹だもん」
 恥ずかしくなって俯く。お姉ちゃんはそういうことをさらりと言うからすごい。「……そんなことないよ」って呟いたのは、たぶん誰にも聞こえていない。



 翌日は生憎の雨だった。何度アイロンをかけても髪がうねってまとまらない。お姉ちゃんはあんなに綺麗なストレートなのに。いやになってアイロンを放り投げた。おめかししたってなんの意味もない。挨拶するだけなんだから。
「ねえ、あのモスグリーンのワンピース着て」
「なんで?」
「似合ってて可愛いから!」
 わたしの心中なんて知らないお姉ちゃんはにこにこと明るい笑顔で提案した。ネイビーのペプラムブラウスに大粒ピアスがよく似合っている。「主役はお姉ちゃんだよ」とよく分からない言い訳をしつつ、ワンピースを取りに部屋に向かった。「駅に着いてるらしいから迎えに行ってくるね」とお姉ちゃんがハイタッチして出ていく。
「どんなひとか知ってる?」
 ママが問いかけた。なにも知らないわたしは黙って首を横に振る。でもきっとお姉ちゃんに相応しい素敵なひとに違いない。モデルさんかな。背もうんと高くて、優しいひとなんだろうな。知ってるひとだったらどうしよう。
「ただいまぁ、連れてきたよ」
「お邪魔します」
 突然の帰宅にわたしとママがびっくりして跳ねる。固まってしまったパパを置いておいてふたりで玄関に向かう。
「あら、まあ」
 ママが素っ頓狂な声を上げた。ひと足遅く顔を出したわたしも「うわあ」と小さな悲鳴。お姉ちゃんの隣に立っていたのはあの有名なキバナだった。昨日買った月刊ジムリーダーの巻頭グラビアを飾っているあのひと。オレンジがよく似合う、笑顔が素敵なドラゴンの男。背が高いお姉ちゃんより頭ひとつ大きい。
「ゲストルームでいい?」
「あ、リビング」
 パパと同じく固まってしまったママの代わりにわたしがアテンドする。柄にもなくどきどきしていた。すごい、お姉ちゃんって本当にすごいんだ。こんな有名なひとが彼氏なんて考えられない。
 手土産を受け取って、お茶を出すためにキッチンに引っ込む。お姉ちゃん主導で、パパがママとキバナさんが話し始めた。暇さえあればリーグ戦を観ているパパは誰よりも驚いているに違いない。
「お仕事で知り合ったんだよ」
 いつから付き合い始めたとかそんな話。ポケスタ関連の撮影で、お姉ちゃんが一目惚れしてアタックしたらしい。照れながら話すお姉ちゃんは綺麗だった。お茶をそれぞれの前に置いて席に着く。「ありがとう」とキバナさんが微笑んだ。妹だよ、とお姉ちゃんが説明して「似てる」とキバナさんは言った。かあっと耳が熱くなる。似てるわけがない。わたしはスタイルも悪いし顔も地味だし、髪もまともにセットできないし、なにもかもお姉ちゃんと違うんだ。羞恥からなにも言えなくなって、俯いた。パパとママとお姉ちゃんとキバナさんがなにか和やかに話している音声が耳を通りすがる。
 小一時間くらい話して、パパがポケモンの育成論を熱く語り始めそうになったところでお姉ちゃんが話を切り上げた。「そういうのはまた今度ね。雨もひどいからキバナくん送ってくる」「そ、そうだな。キバナくんまたいつでも来てくれ」「はい、ありがとうございます」にこ、と笑うキバナさんはあのグラビアと同じ表情をしている。
 ぼんやりしているうちに全てが終わっていた。玄関のドアが閉まるのを確認してからママが「いいひとだったね」と言った。まともに会話していないわたしは曖昧に頷くしかできない。リビングでパパが「サイン貰えばよかった!」と小学生男子のようなことを叫んだ。「また来るでしょ」ママが呆れたような顔をした。
 特別キバナさんが好きだということはない(ジムリーダーでいうならマクワの方が好きだ)。それでも、いざ本人を目の前にするとかっこよさにくらくらした。自分の部屋で月刊ジムリーダーのインタビューページを眺め、実際に見た方がイケメンだったなと思った。
 結局、お姉ちゃんはわたしと違う生き物。住む世界が違う。わたしがあんなひとに一目惚れして猛アタックしてもあしらわれることすらないだろう。勝手な思い込みでまたコンプレックスが刺激され、クッションを抱えて丸くなった。ヘッドホンをつけてわたしだけの世界に引きこもる。わたしはお姉ちゃんみたいにはなれないのだ――なりたいわけじゃ、ないけど。



 けたたましい目覚まし音に叩き起こされる。叩き壊すみたいに時計を止めて頭をかく。今日はパパとママが一日中デートの日。
「お姉ちゃん、」
 部屋をノックしても反応がなかった。お仕事があるとは聞いてないからコンビニでも行ってるのかもしれない。のそのそと服を着替え、ママが作ってくれているご飯を食べるためにリビングに向かう。どうせ夜まで暇だから積んでいたゲームでもしようかな。
 朝ごはんのような昼ごはんのようなものを食べようと口を大きく開けたとき、ドアベルが鳴り響いた。わたしに心当たりはないけど、そういう場合はお姉ちゃんが通販で服を頼んでいる。サインするためのボールペンを掴んでドアを開けた。
「はぁい……あ、れ」
 いつも荷物を持ってきてくれるお兄さんを想像していたのに、そこに立っていたのはお姉ちゃんの彼氏――キバナさんだった。
「あれ? アイツと約束してるんだけど」
 キバナさんは困惑した表情でわたしを見ている。うんと顔を上げないと視線が合わせられない。
「あ、えと、中で待っててください」
 恥ずかしい! 消えてしまいたい。こんなぼさぼさの髪、よれよれのTシャツ姿を見られるなんて。どうせ気にされない程度のわたしだけど、年相応の恥じらいは持っている。
 ゲストルームに通して「お姉ちゃ……姉はたぶんコンビニとか言ってるので、すぐ戻ると思います」と吃りながら説明する。
「そのバンド好きなの?」
 慌てて部屋を出ようとしたらキバナさんから話しかけてきた。「あう」言葉に詰まる。彼が指差しているのはわたしの胸元。少しマイナーなロックバンドのロゴが大きくプリントされたツアーシャツだ。
「……好き、です」
「オレもー。女の子でそれ好きなの珍しいね」
 まさかの共通点が嬉しくてつい「先月出た特集本買いましたか?」と口を滑らせた。「なにそれ、チェックしてない。持ってる?」「はい」「じゃあアイツ帰るまで読ませてくんない?」あのキバナさんと話が弾んでいる、ように思える。彼は話しているひとの目をまっすぐ見る癖があるようだ。それに耐えられなくて慌てて背を向ける。
「部屋にあるので持ってきます」
 またどきどきしていた。男性と一対一で喋るのが久しぶりなせいだろうか。まさか、お姉ちゃんの彼氏にときめいているなんてことはないはずだ。
 確か昨日読みながら寝たから、特集本はベッドの近くにあるはずだ。少し見回しても見当たらない。もしかして、とベッドに乗っかって壁との隙間を覗く。「あー……」指が届くかどうか分からないところに挟まっている。自分のだらしなさに嫌気がさした。
 かちゃり。
 背後で金属音がした。寝る前にいつも聞く音。鍵をかける音。振り向くとすぐ後ろにキバナさんが立っていた。
「……え?」
 あれ、さっきまでゲストルームにいて、わたしが本持って行くって、それなのになんで鍵、かけて、わたしの部屋、キバナさん、おかしいな。パニックで思考が散らかる。
「キバナさ、ッ」
 大きな手がすごい速さで伸びてきて頬を掴むように口を塞いだ。「あは」青い瞳が冷たく光っているのに笑顔で、そこで初めて恐怖を感じた。
「アイツと約束なんかしてねーよ」
 そのままベッドに押し倒され、キバナさんがわたしに馬乗りになる。ぎし、とスプリングが軋んだ。口を塞がれたままだからなにも返事ができない。どうして、なんで、お姉ちゃんと約束してないならなんのためにここにいるの。
「ついでにそのバンドが好きなのもウソ。名前しか知らねー」
「ん、っう」
 怖くて視界が滲んできた。骨を砕くみたいに強い力で掴まれた頬が痛い。「男を簡単に家にあげちゃダメだって、学校で習わなかった?」キバナさんは大きな口を開いていかにも愉しそうに笑う。ぎらりと白い犬歯が覗いた。噛みつかれるところを想像して背筋がぞっとする。こわい、いまからなにをされるのか、分かるようで分からなくて、こわい。だってあんなに綺麗なお姉ちゃんが恋人なのに、わざわざわたしを襲うはずがないんだ。じゃあなに? いまからなにをされる?
 デカい声出すなよ、と前置きされてから手が離れた。恐ろしくて声も出ない。
「ほんっとアイツと似てねぇな、オマエ」
 じわじわとキバナさんの大きな身体が近寄ってくる。「でもオレ様ちっさい子好き」なんて下品に言ってベルトを緩め、ジッパーを下ろした。
「ひ……っ!」
 初めて見る男のひとのそれは悍ましかった。「舐めて」と口元に押し付けられ、いやなにおいに咽せる。唇を噛んで抵抗していたら鼻をつままれた。
「早く」
「や、あっ、うっ」
 唇をなぞるみたいにそれが動く。息が苦しくなって思わず口を開けた。間髪入れずにそれを突っ込まれた。「はは、口ちっさ、かわい」「う゛っ、う゛う゛……っ」海みたいな味が広がる。へんなあじ、まずい、いやだ。ぐぽぐぽと乱暴に出し入れされるそれに嘔吐しそうになる。口の中でどんどん大きくなるそれが気持ち悪くて必死でキバナさんの太ももに爪を立てたら、逆に両腕を拘束された。わたしの抵抗は痛くも痒くもないみたいだった。
「あー、ちゅーすんの忘れてた、ごめん」
 ようやく口が解放されてからキバナさんは悪びれる様子もなくそう言った。げほ、げほと何度も咳き込む。知らない味に染まった舌が不快で仕方なかった。ひりつく唇に長い指が這う。指の腹で撫ぜて、それから舌に触れた。頬にぴとりと熱いものがくっつけられている。
「おねぇちゃん、が、」
「アイツ今日仕事だけど」
「は、ぇ」
「だからオレとふたりっきり」
 にか、とキバナさんが笑う。
「夜まで、ずーっと、ふたりっきり」



 膝裏に食い込む指先が痛い、掴まれた前髪が痛い、でもそんなことよりさっきから乱暴に打ち込まれる熱の方がずっと痛かった。
「あ゛っ、あ゛あ゛っ、いや、いやだっ、う゛……っぐ、うぅ、っ」
 確認してないけれど白いシーツにはきっと血が滲んでいる。肉を押し広げられる感覚に吐き気が絶えなかった。
 ぐちゃぐちゃと体液の混ざり合う音が部屋に響く。突かれる度に身体がびくびくして、壁に頭をぶつけてしまう。「逃げんなって」膝裏の手が今度は腰を掴んだ。
「キバナさ、あ゛っ、や、や゛あ゛っ!」
 お姉ちゃんの彼氏がわたしに乱暴している。あんなに爽やかな顔でパパとママに挨拶していたのに、こんな怖い笑顔でわたしを凌辱している。自分でも触ったことないところを無理やり犯している。
「う゛っ、え゛……っ」
 喉の奥から胃液が迫り上がり、思い切り吐瀉する。頭のなかがめちゃくちゃだ。どんな気持ちになればいいのかすら覚束ない。苦しい。
 わたしを辱めながらキバナさんは本当はお姉ちゃんに興味がないこと、結婚する気はさらさらないこと、くっついていれば周りが囃してくれるから一緒にいるだけだということを嬉しそうに話した。
「オレは妹ちゃんみたいな地味な子が苦しんでんのを見んのが好きなの」
 などとひどい言葉を吐きかけて首を絞め、わたしが顔を歪ませると嬉しそうにした。
「アイツがさ、妹がすげぇ可愛いっていうからアイツそっくりの女を想像してたんだぜ。そしたら全く似てねぇからオレもう嬉しくてさぁ」
 興奮しているのか息が荒い。どちゅどちゅとなかを穿つ体温が怒張する。わたしは相変わらずなにも返せない。顔を背けてだらしなく溢れる唾液をシーツに染ませるだけ。
 くったりしていたら、よいしょと小さい掛け声と共に身体が持ち上げられた。さっきまで何度か突かれるだけだった最奥にごつんと大きな熱がぶつかる。
「くるし、きばなさ、ん」
 逞しい胸に頭が押し付けられ、息ができなくなった。くるしい、酸素不足のせいだけじゃなくて、情緒が絡まってくるしくてたまらない。
「捕まって」
 力の抜けた腕を掴まれ、キバナさんの背中にしがみつくよう指示される。どうしたらいいか分からなくなって、でもきっと言われた通りにすれば怖いことはされないはずだから従った。ぎゅうっと抱きつくと知らない香水の匂いが肺いっぱいになる。
 ぐら、と視界が揺れた。「ぁ、え」壁に貼っているポスターと目が合って、キバナさんが立ち上がったことが理解できる。「やっぱ軽いから簡単だわ、はは」耳元で囁かれる低い声。「捕まってねーと、落ちるぜ」言うが早いかさっきと同じように激しく腰を打ちつけ始める。「あ゛っ、う゛あ゛っ! あああっ!」宙に浮いた身体が気持ち悪い。いやなのに、繋がっている部分でだけ支えられている。いまわたしが暴れたら床に落ちて痛い目を見るに違いない。
――本当は、痛くても苦しくても、彼を突き飛ばして逃げた方がいいことは分かっていた。そんな風に考えられなかったのは、痛いばかりだったそこがしっかりと快感を覚え始めたからに相違ない。
「あ、あっ、きばなさん、いっ、あ」
 強く掴まれている腰がじんじんする。
 お姉ちゃんにもこんな手荒なことをするのか、お姉ちゃんはなんて言うのか、知りたくて知りたくない。そんなわたしの戸惑いを感じたのか「アイツにはこんなことしない」と耳打ちされた。ぞく、とする。
 肌のぶつかる乾いた音が重なる毎にわたしの声は甘くなった。「ひぅ、う、うっ」さっきまであんなに汚い声で喘いでいたのに嘘みたいだ。キバナさんの歯が肩に食い込む。「いっ、」悲鳴。食べられる、殺される、こわい、それなのに、気持ちいい。
 おもちゃみたいに弄ばれる自分の身体がどうしようもなくて、揺さぶられるままにひたすら喘ぐ。いま何時なのかも分からない。
「ぐ、……っ!」
 キバナさんが獣みたいに喉で唸った。膣の奥で生温いものが弾ける。「え、」頭が真っ白になった。そういえば避妊して、なかった。ゴムとか、つけて、なかった。
「……っ、はー……久しぶりに中出しした」
 軽くわたしの身体を揺らし、ようやくベッドに戻してくれた。なかで射精されたことに混乱して、髪をかき乱す。どうしよう、どうしよう、ピルも飲んでない、どうしよう。指を噛みながらまた泣き始めたわたしを見つめ、キバナさんは「かわい」と顔を綻ばせた。そして額にキスをして「初めてで中出しされて、気分どお?」とサディスティックな質問を投げかける。答えられるはずがない。
「一回出したらあとは何回出しても同じだよな」
 脚を掴まれる。
「まだ時間あるから、このちっさい腹いっぱいになるまで出してあげる」
「いや、」
「なんで? オレ溜まってるから付き合って」
「や、」
「アイツだとそんな気になれねーんだよ」
「……っ」
 アイツ。アイツって、お姉ちゃん。
 キバナさんはお姉ちゃんよりわたしの方が興奮するんだって、気持ちいいんだって、好き、なんだって。腰が熱くなって、キバナさんを上目遣いに見る。太ももに当てられていたものが硬くなるのが分かった。
 また押し倒される一瞬、半開きのクローゼットからモスグリーンのワンピースがちらりと覗いた。

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