×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -




SONAR24



 誰もこない路地裏で、おれたちはライブ終わりにいつも並んで座り込んでいた。喫煙所は人が多すぎる、楽屋に呼ぶほどの仲でもない。微妙な距離感がもどかしくも心地よくて、毎回なにか特別なことを話すわけでもないのに何時間も並んでいた。
 長い爪でディスプレイをこつこつと鳴らし、下から上にスクロール、スクロール、たまに指を止めてなにかにじいっと見入っている。たぶん夏に向けての新しい服を探しているのだ。ときおり通知音が聞こえるのは数少ない友達か、それ未満の人間からのメッセージ。つまらなそうにスマホの画面を眺めているのを見ているとそんなもの投げ捨てておれを見つめてくれと言いそうになってしまう。隣に座っていてくれる、それだけで嬉しいことなのに。大きすぎるパーカーを着て体操座りをした女はおれをちらりとも見ずにひとりごとを呟いた。
「髪染めようかなあ」
 そして細い指先がさらさらの髪をゆっくりと小さい耳にかける。ピンクのネオンの光に反射してキラキラと輝くものが耳朶に見えた。蹄鉄のかたちのピアスだった。まだ今日はなにも会話ができていなかったせいで、おれは見たままの間抜けな言葉を投げかける。
「ピアス開けてるんですね」
 本当はライブの感想とか、今日のおれはどうだったか、とかそんなことを訊きたかった。勇気も度胸もなかったのだ。
「うん、前の彼氏の趣味」
 女はようやくこちらを見てくれた。それなのに放たれた言葉はまるで望んでいないもので、おれは少しばかり悲嘆に暮れる。まっさらな女を望んでいたわけではない。大人だ。多少の汚れくらいなら受け入れられる。けれどピアスは汚点でも瑕疵でもなく、たしかに彼女の美しさを際立たせる重要なピースに見えた。その少しの欠片を前の男によって嵌められたという事実がおれを僅かに絶望させた。
「どう?」
「……ひとつしか開けてないのが意外ですね。今度似合いそうなピアスをプレゼントさせてください」
 半ば自棄になってやや饒舌に喋る。嘘はついていなかったが、特に本心でもなかった。女は嬉しそうににこにこ笑う。眩しかった。
「ネズはセンスがいいから楽しみにしとくね。似合うといいな」
「……いまのも、すごく似合ってますよ」
「ありがと、でもネズがプレゼントしてくれるなら外すよ」
「別にいいのに」
「……ねえ、もしかして妬いてるの?」
 いいえ、と即答できるほど大人ではなかった。おれはたぶん唇を尖らせて拗ねた顔つきをしている。恋人でもないのに、呆れたものだ。
「……悪りぃですか」
 嫉妬なんてしないものだから、これが本当に妬心なのかが分からない。けれど胸が騒つくこの感じは好きではない気がした。
 一度開けた穴はなかなか塞げない。だから嫉妬しても仕方ないのだ。理解しているからこそのむかつきだった。おれが恋人だったらよかったのに。おれがこのピースを嵌める人間だったらよかったのに。
 スマホのアラームが日付が変わったことを知らせる。
「じゃあ、もうひとつピアス穴開けてよ」
 スマホの電源を落とし、にこにこの表情のまま女は提案した。
「いまニードル持ってるからさ、ヘリックスに開けてくれない?」
 黒いバッグからポーチを乱暴に引っ張り出し、白いパッケージを取り出す。なんでそんなものを、とか、そんな雑な保管方法でいいのか、とかまたたくさん訊きたいことか出てきて言葉にならず煙になって唇から出ていった。
「いつも持ち歩いてんですか、それ」
「ん、偶然」
「……氷買ってきます?」
「痛いの平気だから大丈夫だよ。消しゴムもあるし。怖い?」
 恐怖と興奮が半々だった。鼓動の高鳴りを悟られないよう、真顔でまだ半分も灰になっていない煙草をブーツで踏み躙って火を消す。いかにも、慣れています、やったことあります、という風に。
 じりじりと距離を詰め、小さい耳を摘む。「うひゃ」くすぐったいのか、おかしな声を出している。「耳、熱いですね」特に意味のないことを言い、ライターで先を炙ったニードルを耳の穴と平行の位置の軟骨に押し当てる。「ぅ、」どちらのものともつかない呻き声。ぐい、と力を入れたら案外あっさりと肉を貫通した。「そのまま、もうひとつ開けて」上擦った声が強く要求する。少しだけ戸惑い、そのまま斜め上の肉をまた貫く。「ん、」女は妙に色っぽい吐息で、おれのシャツを掴んだ。「は……っ、あ」おれの息も上がっている。まるでセックスをしているみたいに。
「……ほら、ネズに上書きされた」
 赤くなった耳を指さし、またにこにこ笑った。ちょっと力を込めただけなのに、おれの指先はじんじんと火照っている。
「ファーストピアス買いに行かないと、ですね」
「あ、ほんとだね」
 誰もこない路地裏で、共犯者の顔つきでふたり並んで座り込んでいた。おれたちは恋人同士ではなかった。

- - - - - - -