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「お前は変なことしねぇでくださいよ」
 先日キバナに巻き込まれてSNSで大騒ぎを起こした本人がしかつめらしい顔で言った。
 単純に、髪を下ろした状態の後ろ姿が不用意に映り込んだものだから「キバナに女がいる」と一部に騒がれたのだ。髪色ですぐわかりそうなものなのに、乙女たちは盲目に違いない。よりによって〈ご機嫌なオレ様〉なんて書くキバナもキバナだ。あれはおれですとネズさんが正式に言うまで誰もが騒いでいた。バカみたい。よく見なくても分かるのに。というか、キバナがそんな初歩的なミスするわけないっつーの。
 やるならもっと上手くやる。彼もわたしも。
「巻き込まれるのも駄目です」
 最初のひと口をいかにも不味そうに飲み込んで、またそう言った。味は関係ない。話題のせいだ。
「はぁい」
 わたしは上手くやるから大丈夫なんて答えたら、どういうことか、バレなければいいのか、とお説教を頂くのは自明の理。わたしは素直に返事をする。
 そういえば今日のご飯はバターチキンカレー。わたし好みの極めて甘口のカレーだ。
 美味しいです、と先ほどの態度を詫びるように、そして少し照れたようにネズさんは呟いた。スプーンを運ぶ細い腕が好きだった。
「今日のは上手くできました」
 盛り付けも拘ったので記録に写真を撮る。シャッター音にネズさんはちらりとわたしを見た。
「今日のも、ですね」
 あ、それって反則。
 今度はわたしが少し照れて、なにも載せてないスプーンを意味なく咥えたりしてみる。不意打ちで褒められると柄にもなくキュンとしたりして。
 ほとんど同時にご馳走様をし、ご飯に気合入れたし、明日洗えばいいやと皿を重ねて置いておいた。怠けられるときはとことん怠ける。ふたりでソファに座ってニュースなんかを観始めた。でも内容は関係なくて、とにかくふたりが隣にいればいいのだ。無言だって怖くない。ふたりだから。
 ネズさんが作詞用のノートを取り出したのと、わたしがスマホを構うことにしたのはほぼ同時だった。
 きっと気づいていないけど、さっき撮ったカレーの写真には彼の手首から先が映り込んでいる。アクセサリーを外した彼の腕は病的に細い。細くて、色っぽい。好き。
 写真に霧みたいなフィルターをかけて、あんまりネズさんの腕が目立たないように、でもちゃんと相手がいると分かるように加工する。怠けない。これだけは。
〈カレーつくった〉
 ただそれだけ。〈うまくカレーを作れてご機嫌なわたしと最高の彼氏ネズ〉とか、書くわけない。
 彼が近々新作をリリースすることは明らかになっているので、わたしの世界は少しざわついている。相変わらずの世界。わたしとみんなの世界だ。新曲楽しみ。ラブソングだったら病む。インスト行きたい。また思い思いのポストが並んでいる。だから、丸わかりだっての、みんな。もう「ネズが好き」って書いちゃえよ。最近はもう、ファンレター盗み読みしてる気分になってきた。
「よくスマホいじるけどなにしてんですか」
「友達と雑談」
 さり気なく、ネズさんは「変なことするな」と牽制を入れてきた。勘がいいのか悪いのか。いままさにわたしは悪い子になっている。
「次はどんな歌詞書いてるんですか?」
「見切り発車でまだどうなるか分からないです」
「ふぅん」
 お前のために曲を作るとかなんとか、そういうことを言わないところも大好きだ。言ってくれても好きだけど。
 ぴこん、と通知がある。いつものメンバーがリアクションをくれていた。〈彼氏さん? 細い!〉少しドキッとした。細いのは事実なんだから、動揺することはない。極めて冷静に〈わたしより細いよ〉なんて返事をする。
 よく見ても、分かんないかなぁ、これが好きな人の手首だって。分かんないよなぁ、あなたたち顔ばっかり見てるから。
 目つき悪いの好き、睨んでくれるの好き、汗かいてて好き。そんなのばっかり。あとはまばらに歌詞に対する一喜一憂。たまにいる、わたしは顔じゃなくて楽曲に興味があるだけです、みたいなツラした女がいちばんめんどくさい。そういう女こそ本気でネズさんを好きだったりする。いまリアクションしたあなた、あなただよ。歌詞の解釈を毎度してくれているけど、的外れだから。
 あ、わたしいますごく性格悪い。
 匂わせるだけでも大罪なのに、こんなふうに思うなんてよくないことだ。
 みんなわたしの彼氏の応援ありがとう!みたいな気持ちになりたい。気分のいい日はなるけど、今日はちょっと難しいみたいだ。
「……お前、いままでのおれの曲で好きな歌詞はありますか」
 ネズさんは言いにくそうにわたしをちらりと見た。びっくりしてスマホを投げそうになった。それってつまりそういうこと?
「そろそろお前が好きそうな曲を作りますよ」
 やっぱりごめんわたしの世界。わたしは特別だった。

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