うたで誰かにエールをなんて ほんとは嘘だよ、無理だよ 「あたし、ネズさんの歌詞が大好き。どうしてあたしのことを知ってるの?って思うから。雨でも晴れでもネズさんの曲が聴けたら幸せ。おはようからおやすみまで、ゆりかごから墓場までずっと聴いていたい。ねえネズさん、あたしネズさんのこと大好き。だってあたしを元気にしてくれるんだもん」 ニーソックスの少女はこちらを見もせず、一息でそういった。 「それ、おれにいったのかい」 ケミカルな味のエナジードリンクを飲みながらおれは応える。不味い。よくこんな不味い飲物が作れるものだ。 全く元気ではなさそうな昏い眼をした少女はしかし、振り返って微笑んでみせる。「そうよ、ネズさんとしか話したくないもの」錆び付いた街にいつのまにか居ついていたこの娘は、いったい誰なのだろう。いつもおれの家にいてたまにふらっとどこかに行くだけ。それを許しているおれもおれだが。 「あたし、本当は死ぬ場所を探してたの。首吊って死ぬか、電車に飛び込むか、迷ってたらここにいたの」 またこちらを見ずに早口でそう言う。 おれに出会って、生きる目的ができた、ってそんな感じのことを言っていた。エナジードリンクが不味くてうまく聞き取れなかった。人工甘味料に舌がピリピリする。 そうだね、たまには前向きな歌も作るよ。 明日に向かって進めとか、振り返らず生きろとか、前向きに生きることを推奨する歌詞だって書くよ。 「でも、全部嘘だよ、歌うたいはそういう嘘をつくんだよ、ごめんよ。本当はいまに縛られて生きてるんだ。あのときああしていれば……なんて毎日悔いるし、明日のことを考えるのは怖いし、寝る前には不安に押しつぶされそうになりながら縮こまるんだ。本当のおれは強くないし、」 負けず劣らずの早口で捲し立てると、 「あたしそんなこと求めてないよ」 不思議そうな言葉に遮られた。 「強いひとは怖いもの。無根拠に前向きなこと言われても怖いだけだよ。怖くなりたくないからネズさんが好き。ネズさんを聴いてると少し怖くなくなるから……あたし、あたしはね」 だんだん呂律が回らなくなっていく。たぶん処方された以上の眠剤を飲んだのだと思う。わざわざ立ち上がって様子を見にいってやる。案の定、何シートも乱雑に空けられていた。家出少女をちゃんと寝かしつけることもできないおれにはなにもできないよ。怖くなくなりたいよ。 うたで誰かを幸せになんて おれには無理だよ、できないよ - - - - - - |