×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -




ぬばたまのアヴァリス


 夜は嫌いだ。特に週末の夜は。
 仕事から帰ってきて、ご飯を作って、それからわたしよりちょっと遅く帰ってくるダンデを迎えて、ふたりでご飯を食べて、ふたりでお風呂に入って、映画でも観てゆっくり過ごす。この時間はとても居心地がいいのだけど問題はそこから。日付が変わるくらい、エンドロールも終わりに近づく頃、ダンデは隣に座るわたしを抱き寄せる。そして逞しい腕で檻を作って逃げられないようにしてから「……したい」と熱い吐息で囁くのだ。途端にわたしは絶望する。そんな風になってしまったダンデはもうわたしの言うことなんて聞いてくれなくなるから。「……しないよ、もう寝よう」「いやだ、する」一度は拒んでみせる。でも子供っぽい言葉にすぐ抗われて、結局そのままベッドに運ばれどろどろにされてしまう。明日は休みだからと何度も何度も貪られる。とてもとても嫌だった。
 ダンデのことは好きだ。陽射しのように美しい瞳も、働き者の大きな手も、皆の憧れを背負う広い背中も、わたしの名前を呼ぶ唇も、全部好きだ。ハグされると安心する、隣にいてくれると楽しい、ご飯を喜んで食べてもらえると嬉しい、キスするとドキドキする――でもその先は、いつまで経っても好きになれない。キスなんて触れるだけでいいのに、彼はいつも分厚い舌でわたしの口の中を荒らす。息苦しいし、奇妙な異物感に吐きそうになってしまう。でもダンデの力には勝てなくて、身体を引き剥がそうとしても突き飛ばそうとしても、いっそ笑えるくらいにびくともしない。いやだ、やめて、それ以上しないで。わたしの言葉はキスに飲み込まれてなかったことにされる。
 また今日も日が暮れて、真っ黒な帷がわたしの意思をかき消してしまう。夜が、始まる。
「さて、なにを観る?」
 ダンデはリストに入れている映画のタイトルを何本か挙げ、わたしに選択を委ねた。ラブコメ、古典、映画館で観るはずだったSF超大作。ちょっと迷って「今日は疲れちゃったから寝るよ」と答えた。ダンデは面食らった顔で「え?」と聞き返す。もう一度同じ台詞を繰り返した。それから「ダンデがなにか観たいなら観なよ、あした感想教えて」と付け足す。
「きみが寝るならオレも」
「合わせなくていいよ」
 実際、疲れてはいた。月末の目まぐるしさのせいだ。湯船に浸かっているときも危うく寝そうになったし。
「いいんだ、ひとりで観てもつまらないから。でも寝るには早くないか?」
「疲れてるんだよ、本当に」
「じゃあオレがベッドまで運んであげよう」
 いらない、と返事をする前にダンデは簡単にわたしをお姫様抱っこしてみせた。恥ずかしくて顔が熱くなる。「ねえやだ、重い、から……っ」「全然重くないぜ!」こんな戯れは幸福で、暖かくて、好きだと思う。けれど顔を覆う指の隙間から見える彼の瞳はじっとりとしていて、わたしは次に来る望んでいない展開のために身体を強張らせた。
 綺麗に整えられたシーツに横たえられる。すぐにダンデが覆い被さろうとしてくるので身を躱しベッドの端っこで身体を丸めた。
「おやすみ」
「……なあ、」
「しない、今日はもう寝るの」
 できるだけ強く主張する。心臓は張り裂けそうなほどどきどきしていた。大人しく寝てくれるだろうか。おやすみと言ってくれるだろうか。
「……一回だけ、だから」
「……したくない」
「どうしてきみはいつも、」
 腕を掴まれ、無理やりダンデの方を向かせられる。
「どうしてそんなにオレを拒否するんだ……っ」
 手首、痛い。
「気持ちよくないのか? オレが嫌なのか? なにか、きみが嫌がるようなことでもしているか?」
 全部全部的外れ。あえていうなら「セックスが嫌い」に尽きる。そんなこと何度も言った。何度も伝えた。なのにダンデは自分に都合の悪いことは受け入れようとしない。おかしいよ、こんなの。わたしの身体はわたしのものなのに、どうしてダンデは好き勝手にするんだろう。
 どうしてセックスが嫌いなのかは上手く説明できない。もっと頭が良ければ説得できたのかもしれない。恥ずかしいとか疲れるとかそういうことは二の次で、とにかく嫌なのだ。からだにへんなものが入ってくる嫌悪感、いつもは優しいダンデが性欲におかしくなってしまう恐怖、自分ではどうしようもない身体の暴走、どれもどれも非日常でおそろしい。こんなものなくても生きていける。
「……しないと、だめなの?」
「……しないなら、ただの友達と同じだ」
 そんなことない、そんな考えは間違っている。手を繋いだり一緒に寝たり、たまにふたりで出かけたり、そんな幸せだってたくさんあるのに。どんより曇っているダンデの目は見たくないけれど、逸らしたらひどいことをされそうで、震えながら見つめるしかない。
「きみがちゃんと気持ちよくなれるようにする、苦しかったら優しくするから」
 ダンデの黄金の瞳が燃えている。
「いや、だ」
 逃げ出そうと身体を起こした。でもやっぱりダンデには敵わなくてすぐに押し倒される。「いやだ」わたしはわたしのものなのに「いや」どうしてダンデが支配するの。
 暴れようとするわたしを簡単にいなし、ダンデは器用に服を脱がせた。下着まであっさり取り払われてしまって、身体のあちこちを隠すためにわたしはまた背を丸める。
「恥ずかしいのか?」
 もちろんそれもある。
「じゃあ灯りは消すから」
 違う、と呟いたのはたぶん聞こえなかったのだろう。ダンデは煌々と照らしていた天井の灯りを落とし、ベッドサイドの間接照明の仄暗いオレンジだけが部屋に広がる。
 それから震える脚を開かされ、身体の中心がいとも容易く暴かれた。いやだ、そんなところ見ないで、触らないで! 自分でも触れないところを熱い舌と指が侵す。わたしは泣きじゃくるけれどダンデはやめない。結局そうだ。きみを思って、なんてことを言っても自分がセックスをしたいだけ。おへその下からじゅるじゅる、ぴちゃぴちゃと下品な音がする。へんなことしないで、もうやめて。
「あ、やだ、ダンデ、いやだ」
 太い指がなかに入ってきて、変なところをぐりぐりと押す。きもちわるい、気持ち悪い。
「すごく濡れてるな」
 身体は自分を守るために体液を溢れさせ、敏感な部分は刺激されると反射で声が出てしまう。これではダンデを喜ばせるばかりだ。わたしの泣き声は彼には聞こえていないらしい。ほらやっぱり、都合の悪いことは彼には届かない。
 ダンデは膝立ちになり、下腹部の恐ろしいものを数度手で扱いてから息をついた。粘ついた液体がぬめぬめと光っている。こわい、そんなもの見たくない。ぎゅっと目を瞑る。
 ぴとりとわたしのそこに猛ったものがあてがわれる。もうこうなると早く終わってほしい気持ちでいっぱいになるだけだ。ああ、はやく、はやくわたしを犯して、そして終わりにして、なにもかもを。
「あ……っ、ダンデ、あ、あっ、うっ、く」
 グロテスクなものがわたしのなかに侵入する。わたしの身体は嫌がって強く収縮した。すると膣はそれをぎゅうと締め付け、却ってまた彼を喜ばせることになる。この反応も嫌で嫌で仕方ない。わたしがわたしのいうことを聞かないなんて、おかしいのだ。
「いやっ、いや、いやだ、」
 足首を掴まれたかと思うと、ぐいと大きく開脚させられた。どうしてこんな恥ずかしい格好させるの、こんなのいやだ! すぐにやめて! 悲鳴を上げたいのに嬌声になって縺れて消える。
「ッ、きみは、これが好きだろう、っ? ここの、っ、奥がいいんだよなっ」
「うああ、っ、や、いやっ、」
 恥ずかしいこと言わないで、なにも聞きたくない、もう死んでしまいたい。
「っあ、だめだ……っ、そんな締め付けられたら……っ!」
 ダンデが腰を打ちつけるたびに聞きたくない音が鼓膜を振るわせる。「お、ぉ……っ、うぅ……っ!」人間でないような彼の声。ぐぷぐぷとわたしを犯す水音。一方的に肌をぶつけられる渇いた音。自分の情けない悲鳴。
 全部が嫌、こんなの嫌、いやなものはいや。
 一度始まったセックスが当分終わらないことはわたしがいちばん知っている。ああ、簡単に気を失えたらどんなに楽だろう。少しぼうっとしても身体を揺さぶられると嫌でも意識がはっきりしてしまう。
「好きだ、きみが好きなんだ」
 うん、わたしも好きだよ、いつもの優しいダンデが好き。
 だけど夜のダンデは嫌い。自分ばっかり気持ちよくなろうとして、わたしの意思なんて無視して。
 夜が来なければいいのに。ダンデをおかしくしてしまう夜なんて、ずっと来なければいい。わたしがわたしであるために。わたしがわたしのものであるために。

- - - - - - -