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アルペジオ



 前髪の長い男の子がミントカラーの紙袋を差し出した。
「あ、あの、これ、お土産です」
「はあ、どうも」
「おか、あ、えっと、母がネズさんのファンで、えっと、これにサインもらってもいいですか?」
 続けて取り出されたのは黒ペンと色紙。おれは「いいですよ」と簡単に返事をしてそれらを受け取る。名前といつも描いているドクロのマーク。目を瞑ってでも描けるはずだ。どうぞ、と手渡すと、ありがとうございます!と大袈裟にお辞儀をされた。
 紙袋の中身は高めの紅茶アソートだった。おれもありがとうございますと頭を下げ、それから鼻の頭を赤くした彼を家に入れる。
「彼氏くんが来ましたが」
「ちょっと〜わたしが出るっていったのに!」
 二階に声をかけると、どたどたとやかましい足音とともに娘が降りてきた。「お父さんは部屋にいて!」はいはい、邪魔しませんって。肩をすくめて背中を向ける。本当ならおれは今日ナックルに行くはずで不在の予定だった。だから彼氏を家に呼んだのだろう。
「ごめんね、わたしの部屋二階だよ、来て」
「お、お邪魔します」
「お土産なんか要らなかったのに」
「いや、親が持って行けって。うちの母親がネズさんのファンだから」
 背後で聞こえる会話に耳を欹てる。
「サインもらった。母親が喜ぶよ」
「いくらでもあげるっていっといて」
 なにが面白いのか若いふたりは同時に笑った。もらった紙袋をキッチンに置き、おれはおれの部屋に戻る。特になにかをしていたわけではない。ソファに寝転んで怠惰にスマホをいじる。娘の部屋の真下に位置するここは窓が小さいのでとても暗くて静かだ。作業に没頭できるようにそうした。じめじめしたところの方が創作は捗るものだ。
 だから階上の物音がよく聞こえるのは道理。ゲームでも始めたのか娘のはしゃぐ声が降ってくる。彼氏の方はさすがに遠慮しているのか声は小さい。勝ったとか負けたとか賑やかな会話をなんとなく追いつつ、目を閉じた。気怠い昼過ぎ、眠りにつくには心地よい時間帯だった。「もう一戦!」と娘が悔しそうに叫んだのを最後に、意識は途切れた。
「……さん、おとうさん、おとーさん」
 次に目が覚めた時には外は真っ暗になっていた。しゃがみこんでおれと視線を合わせた娘が「寝過ぎ」と怒ったような顔つきで言った。
「何時ですか」
「八時」
 本当に寝過ぎだ。頭をかきながら起き上がる。「わたしはご飯食べちゃったよ」腹をさすってみる。空腹は感じなかった。
「お父さんによろしくって」
 一瞬なんのことかわからなかったが、瞬きの間にああ彼氏のことかと思い当たった。最近の若者にしてはきちんとした子のようだ。「紅茶をもらいましたよ」「聞いた。わたしも飲んでいい?」「勿論」にこ、漸く娘は微笑んだ。弧を描いた愛らしい唇に誘われ、キスをする。ちゅ、と乾いた音がした。娘が腕を伸ばし、首に絡めてくる。口の中が熱い。
「セックスしましたか?」
「んん、してない」
 シャツに手を入れる。柔らかくて生温かい肌。おれ以外を知らない無垢な身体。唇を離し、首筋をつうっと舐める。ひく、とおれに似た細い身体が反応した。
「じゃあ何時間もなにしてたんですか、ずっとゲーム?」
「んっ、う、」
 こくこくと何度も頷いている。馬鹿らしい、おれがこいつらくらいの年齢の頃にはセックスのことばかり考えていたというのに。きっと彼氏の方は我慢していたはずだ。少しばかり気の毒な気持ちになった。
「お父さん以外とはしないもん」
 簡単なキスで蕩けた娘はすっかり甘えた声で、でも拗ねたように呟いた。背中に回した手で下着を外し、抱き寄せる。また唇を重ねて今度は舌を絡めた。さっきまで飲んでいたであろうジュースの甘ったるい人口甘味料の風味。
「してもいいんですよ? 彼氏でしょう? あの子のこと、好きだから付き合ってるんじゃないんですか」
 意地悪な問いかけをしてみる。娘は潤んだ目で、たぶん睨みつけた。そんなうっとりした瞳で見られても、煽られるだけで怖くもなんともない。
「……付き合ってって言われたからそうしてるだけ」
「なんですか、それ」
「……わかんない、だめかな?」
 そんなことよりなにより、いまからおれたちがしようとしていることの方が「だめ」に決まってる。だからおれはなんとなく笑うだけだった。
 上に跨るように指示し、ベルトを外させる。下着をずらしてそれを取り出す。娘は赤い顔で顔を近づけた。柔らかい唇が先端に何度も口付ける。先走りに濡れたところを舐めとって、上目遣いにこちらを見た。頭を撫ぜると嬉しそうな顔をする。犬や猫を躾けているみたいだ。「咥えて」「うん、んっ」頭を動かせばおれに似た癖っ毛がぴょこぴょこと跳ねる。舌先に刺激されて快感の波がぞわぞわと押し寄せ、背筋が粟立った。息がどんどん上がって、僅かに声が漏れてしまう。「っは、ァ」腰に力が入る。後頭部を押さえつけ、喉奥で射精した。最後の一滴まで吸い、娘は顔を上げて口を開けた。ピンク色の舌に白濁色の精液が溜まっている。生々しいにおい。
「ん、く」
 こくん、とそれを飲み下して、娘はまた口を開けた。「よくできました」頬を撫でる。「ん」幸せそうな顔。いつの間にか脱いでいた下着をソファの後ろに投げ、また勃ち上がったものにそこを擦り付ける。「おとーさん」腰を掴み、力いっぱい奥まで挿入した。
「あ……っ! あ、あああっ!」
 いままでに、もう何度この行為を繰り返したか分からない。避妊具もつけずに直に交わり、名前も呼ばれないまま貪り合う。「おとーさ、ん、おと、さん、おとうさん、っ」そう呼ばれるたびに全身に愉悦が走った。「おとうさ、ん」他の女相手では決して味わえない背徳と快楽。
 ぐちゃぐちゃと体液の交わる音、喜悦に喘ぐ娘の嬌声、おれの熱い吐息。全てが混ざり合って酸欠になってゆく。さっきまでこの家にいた男の顔を思い出そうとしてみたけれど、娘が肩に爪を立てたのですぐに消えていってしまった。

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