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偽装のトポロジー


 泣き虫、甘えん坊、いつもおれの後ろを歩いていた。どこへ行くにも一緒だった。下の妹が呆れるほどに。「いつになったら兄離れするん?」そう揶揄われてふたりで苦笑いして。初めて身体を重ねたときにも泣いていた。耳まで真っ赤にして。可愛くて可愛くて、食べてしまいたいとすら思った。こんな愛情が歪なものだと頭できちんと分かっていても、溢れる情欲に抗えるほどおれは賢くなかった。殆ど毎晩妹を抱き、自分だけのものにしようとした。溶け合ってひとつになってしまいそうなくらい抱きしめた。「苦しいよ」妹はそうやって弱々しく笑った。
「寂しくなるなぁ」
「マリィならいつでも遊びに来ていいよ」
「ほんと? やったー!」
「おれは?」
「お兄ちゃんはだめ」
「へへー、マリィは特別やもんね」
 だから就職をきっかけに妹が家を出て行くと決めた時、最初は子供のように駄々を捏ねて止めようとした。地団駄を踏んで辞めさせられるならいくらでもそうする。けれどあれだけ、なにをするにも「お兄ちゃん」と泣きついていた妹が自ら決めたものなのでおれはその意思を尊重することにした。「寂しくなりますね」マリィと同じことを呟き、紅茶を啜る。
「じゃあマリィには早速今週末にでも来てもらおうかな」
「う、それって引越しの片付けさせられるやつ?」
「ふふ、どうかな」
「う〜……ご飯作ってくれるなら行く!」
「もちろん! オムライス作ろっか」
 仲間外れのおれはきゃあきゃあと賑やかに皿洗いをしているふたりを黙って眺める。まあ、落ち着いた頃にでも呼んでくれるだろう。新しい部屋で妹を抱くのも悪くない。どんな部屋にするのか楽しみにしておこうか。
「アニキのカップも洗うよ」
「自分でやります」
「あそ」
 入れ違いにシンクに立つ。鼻歌混じりに作業していた妹がびくりと動きを止めた。上目遣いにおれを見て、それから唇を舐める。扇情的なその仕草に眩暈がした。
「なんも面白いテレビやってなーい」
「じゃあニュースでもつけといてください」
「はぁい。あ、今日の試合結果やっとる」
 マリィの視線が完全に外れたのを確認し、細い腰を抱き寄せる。「ぅあ、」短パンに手を入れ、柔らかい部分を指でなぞった。洗っていたフライパンが手から滑り落ちる。がしゃん、と派手な音を立てて。
「なんか落とした?」
「ぁ、大丈夫、なんでもない、」
 濡れた手がおれのシャツを掴んだ。がくがくと震える肩。「ぅ、っん、く」マリィに聞かれないよう必死に声を我慢する様がいじらしくて可愛くて、やっぱり食べてしまいたくなる。中指で熱い内側を擦れば震えがさらに大きくなった。「んっ、ん、んぅ」「濡れすぎです」「や、だって、おにい、ちゃ、あ、あっ」耳を柔く噛む。「あっ、あ」「ほら、イって」シンクの縁を掴む指先が白くなっている。ぎゅう、と中が締まった。「気持ちよかったですか?」「ん、ぅん」すっかりおれの指に篭絡されるようになった妹が愛しくて仕方ない。引き抜いた濡れた指を視線を合わせたまま舐めてやった。妹は真っ赤になって俯く。
「あー! アニキが泣かした!」
 突然の大声に今度はおれがびくりとする。
「ん、ううん、泣いてないよ」
「ほんと?」
 ならいいけど、とマリィは唇を尖らせた。
 それから明日の話をしたり、明後日の話をしたり、今週末の話をしたり、だらだらと三人で話し込んだ。すぐに会えるとはいえマリィは寂しいようでやけにべったりとしている。
「おあ、もう0時越える、寝ないと」
 あくび混じりに下の妹が背伸びをした。
「お風呂入って寝るね、おやすみ」
「うん、おやすみ、マリィ」
「ほらモルペコ、お風呂行くよ」
 タオルを引き摺って風呂場に行くひとりと一匹の背中を見送り、ドアが閉まると同時にぼんやりしていた妹の腕を掴んだ。本当はさっきからずっと脚の間が痛くてもう我慢できない。妹は驚いた顔でおれを見つめる。「部屋」「や、やだ、さっき、」「さっき?」「さっき、した」「お前だけ、でしょう」さっきのタオルと同じく引き摺るようにしておれの部屋に連れ込んだ。鍵をかけ、ベッドに押し倒す。
「まって、ま、って、」
「待てません」
 う、と妹は顔を両手で覆った。耳が真っ赤だ。部屋着を脱ぎ捨てて覆い被さる。性急に腰を進め、ひとつになれるくらいに強く抱き締める。腕の中で小さい身体が強張って、
「……っく、う、っう」
――泣いていた。
 泣き虫、甘えん坊、いつになっても変わらない。明日出て行くくせに、自分で決めたくせに。胸が詰まる。じゃあおれも泣き喚いて止めればいいのか? そうしたらここにいてくれるのか?
「……も、いや、いやだ、いや、お兄ちゃん、いやだ」
 ぐしゃぐしゃの顔。
「ほんとは、ずっと、やだった、いやなの」
 上擦った声。
「こんなことしたくない、きもちわるい、いや、もういや」
「……なに、を?」
 好き勝手動かしていた腰が止まる。額の汗がシーツに滴り落ちた。
 妹は嘔吐するように言った。
 本当はおれに抱かれたくない。触られたくない。こんなこと、こんな間違っていることしたくない。
 本当はおれが怖かった。怖くて抵抗できなかった。おれが怖くて家を出ることにした。
「う、っく、ひ、もう無理、いや、いやなの、っ」
 泣き虫、
「お兄ちゃん、嫌い……っ」
 甘えん坊、
「……はは、どうしたんですか」
 いつもおれと一緒。
「……淋しくておかしくなっちまいましたか?」
「はなして、いやだ、」
「そうですよね、ずっとおれと一緒だったのに……明日から急に離れ離れですから、気持ちは分かります」
 肩を押し返す手を絡めとり、シーツに手首を縫い付ける。
「おれもおかしくなりそうですよ、寂しくて」
 嗚咽するたびになかの締め付けがきつくなる。熱い息が漏れた。
「ふたりしておかしくなっちまいましょう、おれたちはずっと一緒です、ずっと」
「苦し、い」
 弱々しい言葉を絞り出す妹は、もう笑っていなかった。

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