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夢みる前に



 苦しいときに苦しそうな顔をすると母親は不機嫌になった。「あたしが悪い母親みたいだからそんな顔をするな」と言った。だから痛いときも辛いときも、努めて笑うようになった。笑顔でいれば母親はなにも言わなかった。父親も文句を言うことはなかった。ただ黙って、親がすることを一通りした。置いていかれないだけ幸せだった。他に怒りを発散する方法が分からなかったので、オレはとにかく笑っていた。そのうち本当にしんどいときにはどんな顔をすべきなのか忘れてしまった。笑顔でいれば、とにかく皆が親切にしてくれるから。皆オレの近くにいてくれたから。女と別れるときも笑顔でいた。「いい友達でいよう」なんて握手して、笑い合って別れる。悲しくても切なくても、笑っていればオレはともかく相手は嫌な気持ちではないのだ。とにかく、人に嫌な思いをさせることが怖かった。笑顔でいよう、笑っていよう、そうすれば誰にも嫌われることはないんだ。「キバナくんの笑顔って、怖いよ」「……は?」ベッドに押し倒した瞬間、今日初めて会った女は怯えたようにそう言った。「なに考えてるか分からなくて、怖い」「変なこと言うなよ、気のせいだろ」雰囲気を壊さないように笑顔でキスを迫る。女は顔を背けた。「……帰る、ごめんね」ずきん、と胸が痛む。「イヤだ」帰ってほしくない、ひとりでいたくない。ほら、笑ってるんだから、許してくれよ。「なあ、」情けない顔をしたら、怒るだろ? 懇願したら、軽蔑するだろ? 笑う以外に人を繋ぎとめる方法を知らないオレはまだ笑っている。女は憐れむような顔つきになった。「……その顔が怖いんだよ」「じゃあどうしたらいい? どうしたら側にいてくれる?」唇が歪む。女は下唇を噛んだ。「オレはどうしたらいいんだ?」頬が熱くなる。女の指先が目尻を撫でた。涙が伝って落ちていった。泣いたら嫌われる、怒られる、蔑まれる。心拍数が一気に上がった。「ご、ごめん」嫌われたくない、愛されたい。どうしたらいいのか分からなくて、何度もごめんごめんと謝った。女が腕を広げる。イヤだ、殴られる。反射的にびくりと顔を庇った。衝撃に備えていたのに、次に感じたのはあたたかい抱擁だった。「よかった、キバナくんはまだ壊れてないね」優しい言葉の意味はよく分からなかったけれど、その夜は初めて人前で声を上げて泣いた。キスはしなかった。それなのに、とても満ち足りた気分になった。

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