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毒にも薬にもならない話


 いま読んでいるギター雑誌によればバンドマンが音楽を始める動機の大半は「モテたい」だそうだ。なんだそりゃ。学生時代にパッとしなかったやつが一矢報いるための武器として楽器を手にするらしい。もちろん、迸る情熱をなんとか表現したくて始めるやつもいるだろう。「僕はモテたくてギター始めました(笑)」最近動画サイトで人気急上昇中のミュージシャンはインタビューでそう答えている。キノコみたいな髪型にキラキラした瞳。そんなことしなくても、この写真を見る限りモテそうなもんなのに。
「なに読んでんの、キバナくん」
「おわっ」
 突然横から話しかけられて大袈裟にビビる。思わず雑誌を放り投げてしまい、床にばさりと落とした。「オーバーだなあ」細い指先がそれを拾い上げ「はい」と少し乱暴に手渡した。
「なんでここにいんの?」
「散歩」
「え? わざわざ二年の校舎で?」
「わざわざ来た。っていうか、敬語使えよ。わたし先輩だぞ」
「部室行かねぇの?」
「行く。荷物持ってくれる?」
「えー……いいっすよ」
 いつもいつも三年の校舎からわざわざご苦労なことだ。ギターだって軽くはないのに。ああ、だからオレに持たせるのか。なるほど。
「で、なに読んでたの?」
「月刊ギター。荷物まとめるから読んでていいっすよ」
「わあい」
「うわっ、窓から入ってくんな」
 嫌な顔をしてみせるけど、本当はちっとも嫌じゃない。むしろ幸せだ。可愛い先輩が人懐こく絡んでくるのは思春期にはたまらないご褒美に違いない。そのために興味のない軽音部に入ったんだし。先輩だってオレのことは満更でもないはずだ。毎日のように散歩だなんだといって教室まで迎えにきてくれる。昨日はクラスメイトに「付き合ってんですか?」と聞かれた。曖昧に笑ってごまかしたけれど。
「あ、キバナ、先生が探してました」
「お?」
「なんか課題出して忘れてません?」
「やべ、忘れてる」
 同じやつにまた質問された。そういえば数学の課題出してねぇや、部室の前に職員室寄らないと。教えてくれてありがとうというと、向こうはなんでもなさそうにぺこりと礼をした。
「……あのひとと仲良いの?」
 今度は先輩が問いかけてきた。
「まあまあ」
「ふぅん……」
「アイツもギターやるらしいよ」
「そうなんだ、軽音部入んないのかな」
「誘う?」
「え、あ、いや! いい」
 声がひっくり返っている。驚いて顔を見ると耳まで真っ赤になった先輩が雑誌で顔を半分隠し、彼の方をじいっと見つめていた。「そか、キバナくんの友達なんだ、どうでもいいけど」長い睫毛が瞬く。あ、なんだ、この違和感。ていうか、そんな顔初めて見た。
「……なんて名前?」
「……ネズ」
 どうでもいいならどうして名前を訊くんだろう。
「ネズくん、かぁ」
 どうでもいいならどうして噛み締めるように呟くんだろう。
「……そっかぁ」
 どうでもいいなら、どうしてそんな熱っぽい目で彼を見るんだろう。
 どうでもいいやつの話をするのに、どうしてそんなに可愛い顔をしているんだろう。
「ま、どーでもいいよな。早く部室行こうぜ」
「ん……」
 まだ見てる。コイツこんなに分かりやすい反応する人間だったのか。やめてくれよ、さっきまでちょっと舞い上がってたオレがバカみたいじゃん。
「アイツにさ、」
「うん」
「オレら付き合ってんのかって訊かれた」
「えっ、困る、あっ、違う、こま、えっと、あの」
 慌てふためく様は少し面白い。目を細めて眺めていると、恥ずかしそうに両手で顔を覆った。「なんだよう」「なんでもないっす。ほらギター貸して。オレ持つから」「うう」指の隙間からまだネズを見てる。
「……そういえばキバナくんってなんでベース始めたの?」
「カッコいいから」
「単純〜」
「嘘、ほんとは弦が少なくて簡単そうだったからです」
「……もっと単純じゃん」
 嘘、ほんとは先輩と話すきっかけがほしかったから。一目惚れして、話すためには同じ部活に入らないといけないと思ったから。普段のオレならそれくらいのことはさらりといえる。それなのにいまは全然そんな気分になれない。あんな真っ赤な顔見せられたら、そりゃそうなる。
「先輩は?」
「え、わたし? なんでだろ、モテたかったからかな」
 意外な答えに躓きそうになった。
「もっと高尚な答えがよかった?」
「いや別に」
「んでも、やってて気づいたけどモテたいわけじゃないんだよね、すきなひとにすきになってもらうきっかけがほしかった、って感じ」
「あー、それは分かる、分かるっす」
 部室がだんだん近づいてくる。たぶん今日もやる気のない部員が集まってだらだらと喋っているのだ。ドアを開ける手を止めて、先輩の目を見る。
「なに?」
 もう全く恥じらっていない、いつもの顔。
「なんでもない」
 なんでもない。先輩がネズに見惚れていたことだって、なんでもない。オレがひっそり失恋に傷ついているのだって、本当になんでもないことなんだ。
「当時片想いしてた先輩と喋りたくてギター始めました(笑)」
 いつかそんなこというのかな、オレ。だとしたら物凄くカッコ悪いな。

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