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トレモロに乗って

 嘘みたいに綺麗な日差しがカーテンの隙間から漏れ、鈴を鳴らすような鳥の声で目が覚める。瞼は重いまま、首の辺りに違和感を覚えてごろんと寝返りを打った。妙に肩が凝っているのは昨日飲んだ酒のせいか。柔軟剤の清潔な香りがして、ゆっくり目を開ける。
「やあ、おはよう」
 頬杖をついたダンデが優しく微笑んでいた。
「……なっ、あ、えっ?」
 どうしてここにいるの、と言いかけて、いま自分が寝ているのが我が家のベッドでないことに気づく。それから冷たいシーツが太腿に触れ、なにも着ていないことを察した。身を起こそうとして、そうすると丸裸が晒されてしまうので身動きがとれなくなってしまう。なにがなんだか分からなくて目を丸くするわたしに、ダンデはまた微笑みかけた。
「オレの部屋だよ」
「あ、あの、わたし、」
「今更恥ずかしがるのか?」
 彼もまたなにも身につけていなくて、こんな状況、子どもが見たってなにがあったか分かってしまう。ずきずきする頭で考えた結果、やはりわたしはダンデと昨夜セックスをしたようだった。夢みたいに朧げだが、強く抱きしめられ、何度もキスをし、快楽を感じた。きっとわたしは何度も彼の名前を呼んだ。癖だから。
 脱ぎ散らかした服が床に散乱している。どれだけ乱れていたのか考えただけで気分が悪くなった。
 ああもう、こんなこと、するはずじゃなかったのに。
 もっと若くて無知な頃、酒の勢いで男友達と寝てしまうことはよくあった。一晩だけの過ち、秘密。翌日からはなにもなかったように振る舞い、また友達に戻るのだ。ずるずると関係が続いてしまったこともあるけれど、恋人になったことはない。セックスからはじまる恋なんてこの世にないのだ。馬鹿な失恋を数度経験した後、わたしは漸く学んだ。きちんと順当に告白をしてからでないと身体を許してはいけない。学校では教えてくれない、けれど当たり前の事実だった。
 だから目の前にダンデがいるのはまた「馬鹿な失恋」。いつかちゃんと告白して、彼の隣にいても恥ずかしくない女になるはずだった。勇気がなくて、踏み出せなくて、好きだよのひとつも言えなくて。
「ちが、あの、ちがうの、これは」
 どんな言い訳をしても昨日の情事はなかったことにはなってくれない。「ごめんね、酒癖悪くて、ごめん」と口元を押さえて何度も謝った。できるだけ、自分を傷つけないよう。泣きそうになってシーツに潜り込んだ。はしたない女と思われただろう、蛇のような女だと思われただろう、違うのに、違わない。
「違わないよ」
 ダンデはそんなわたしを抱き寄せてぎゅうとまた抱き締めた。逞しい胸板に額をぶつけ、嗚咽で荒くなる息を必死に押し込める。
「あの、ね」
 迫り上がる悲嘆を飲み込み、わたしは小声で話しかける。内緒話でもするように。
「……こんなこと、したけど、友達でいてくれる、かな」
 当たり前だろう?といつもの爽やかな言葉が返ってくると思ったら、珍しく彼は口籠もっていた。
「それは難しい、かもしれない」
 大きな手が頭を撫で、わたしの身体を一層強く抱き寄せる。
「ほら、分かるかな」
「な、にが」
「オレの心臓、すごくどきどきしてる」
 とくん、とくん、他人の鼓動をこんな近くで感じるのは初めてだ。自分の心臓もうるさくて、これが「すごく」なのかは分からない。顔を上げると彼は「泣かせるつもりじゃなかったんだが」と取り繕うみたいに呟く。気がつけばわたしの瞳からは塩辛い水が溢れ出ていた。なにに対しての涙か分からなくて混乱する。
「君を友達だと思ったことなんて、ないんだ」
 抱き締める力が弱まり「君は友達でいたい?」と問いかけられる。どきどき、張り裂けそうな胸のうち。
「本当は君といるときはずっとこんな風にどきどきしてたんだ。友達じゃなくて、君はオレの好きなひと、大切なひと」
「ダンデ、」
「謝るのはオレの方かもしれない。こんな狡いことをして、ごめんな」
 友達なのに、と付け加えられた言葉に首を横に振る。
「……あの、えっと、わたしも好き……」
 どきどき、どきどき。
「ダンデのこと、ずっと好きだった、あ、ちが、いまも好き、あの」
 どきどき、どきどき。
 暖かい親指が涙を拭った。
「そうか、じゃあ、笑ってくれないかな」
 下唇を噛み、なんとか笑顔になろうとする。緊張で強ばって上手くできない。ダンデはくすくすとわたしと分まで笑った。そして柔らかいキスをくれて、
「これで君はオレの恋人だ」
 と甘く耳打ちした。耳が熱くなる。
 大きな身体がまたわたしを抱きすくめ「君は抱き枕にちょうどいい」と小さく独りごちた。裸の皮膚がぴたりとくっつき合う。ダンデの身体はとても熱かった。恐る恐る腕を伸ばしてわたしも彼を抱き締める。ほう、と吐息を漏らし、ダンデは鼻先をわたしの髪に埋めた。「ほっとしたら、眠くなった……」とデクレッシェンドで囁き、やがて寝息が聞こえ始めた。
 恋人、という言葉を噛みしめ、次第に緊張が和らいでくる。もう彼は見ていないのに微笑み、わたしもまた瞼を伏せる。とくん、とくん、というダンデの心音を聞きながら。
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