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蛤の夢

「つまんないね、あたしたち」
 セックスが終わりいつものように腕枕をしようとしたら、女はそう呟いて身体を起こした。
「気持ちよくなかったか?」
「そういうんじゃないよ」
「マンネリ?」
「違う、そうじゃなくて、この関係がつまんない」
 この関係。
 お互いの都合がいいときに会い、セックスして、たまにソファに隣り合って座って映画を観たりそのまま寝落ちしたりする。映画の趣味は合わない。恋人にとてもよく似た、名前をつけるのが難しい関係。たぶん一般的には「セックスフレンド」。好きだとか愛してるとかそんな言葉は一切なくて、一瞬の快楽で繋がっている脆くて儚い関係。
 きっとどちらかが「恋人だよね?」と確認すれば恋人同士になるに違いない、そんな関係。
「じゃあもっと刺激的なことしようぜ」
 オレからそれを言い出すのは簡単だ。けれど勇気がなかった。だから代わりにその場凌ぎに過ぎない言葉を吐いて細い身体を引き寄せる。なにも考えちゃいない。
「ばか」
 綿よりも軽い罵りをキスで奪い、またシーツに沈めた。まるで愛し合っているかのように指先を絡め、さっきよりも激しいセックスに興じた。泣くように喘ぐ女はまだつまらないと思っているだろうか。確認しようがなくて、確認する度胸がなくて、忘れたふりをした――こんな名前のない関係の果てには幸せなんてなくて、それに気づかないようにしていた。少しでも乱暴にすれば崩れてしまう硝子細工、薄氷。壊さないように大事に、でもそんなことは悟られないよう平気な顔でオレは彼女を抱いていた。
 だから女が「あたし、彼氏ができたんだ」と切り出したときにはぽかんと間抜けな顔をするしかなかった。あれ、オレたちって、やっぱり、恋人じゃ、なかった、んだ。
 しまいこんでいた蜃気楼を彼女はあっさりかき消してしまった。真顔で。お互い裸のままなのがやけに可笑しい。
「どーする? この関係」
 値踏みするようにオレの瞳を見据え、腕枕の女は問いかける。
「ん? つまんねぇんだろ? オレとの関係」
 無理やり笑顔を作った。
「つまんねぇ、くだらねぇ関係なんてさ、消しちまおうぜ」
 少し声が上擦った。
「キバナが分かってくれるひとでよかった」
 返ってきた笑みは嘲笑ではなく、暖かくて柔らかい、安堵した微笑みだった。
 滑稽な道化だと、いっそ笑ってくれ。いま初めてはっきりと彼女の幸せを祈ったこのオレを。
「オレはなんでもお見通しだっての」
 さらさらと砂上の楼閣が崩れていく。縋りつくように最後のキスをした。指先はもう、絡み合うことはなかった。
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