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12階の一番奥


 だって彼の指先は愛がないのに優しすぎるから、わたしは油断をするとその気になってしまう。彼は決して愛を囁かないから、わたしはそういう言葉を必死に押し込める。纏綿する情愛を小さく小さくぎゅっとして嘘だ嘘だと自分に言い聞かせる。
 ネズくんのちくちくした前髪がわたしの頬を刺した。甘ったるいキスをして、恋人同士みたいに指を絡ませる。身体だけの関係だというのに、わたしたちはまるで愛し合っているかのようにセックスをする。朝も昼もカーテンを閉め切った真っ暗なネズくんの部屋で。それは不思議なことだった。彼にはわたしとは別に恋人がいて、わたしはそんな彼に心から焦がれている。泣きながら告白をして、それからこんな関係になってしまった。だから抱かれるときには毎回泣いてしまう。いろんな思いが混濁して、まるでポロックの作品のようになってしまう。そんなわたしを愛し子でも見るような目でネズくんは優しく撫でてくれて、またわたしは彼から離れられなくなる。
「ネズくんは日曜日みたいだね」
 事後、ぽつりと溢してみた。ネズくんは黙って続きを促す。
「楽しくて嬉しくて、でも絶対に決まった時間に過ぎ去ってしまうの」
 そしてわたしは逃れられない喪失感に苛まれる。その後に来るものはどうしたってつまらない。ネズくんに勝てるものなんて、この世には存在しない。言ってしまってから、また涙が止まらなくなる。
 ネズくんの白い指先が切ったばかりの髪を梳いて、それから輪郭をなぞり、唇に触れた。これ以上わたしが余計なことを言わないように。触れられたところが熱くなってどきどきして、こんな嘘の優しさに懲りずに騙され続ける。愛されていると思い込んでしまう。
「長い髪、似合ってたのにどうして切ったんですか」
 まだ唇が指先に閉ざされているのでわたしは返事をしない、首を小さく横に振って、それから涙を拭った。本当は切らなきゃよかった。でも、だって、きっとそうやって言ってくれたのだって優しい嘘だから、わたしはこれ以上自分の身体と頭を騙してはいけないのだ。
 愛されていると思いたい、でも嘘だと本当は知っている。相反する気持ちは縦糸と横糸みたいに交差して、上手く織り上げられずに縺れて固まって、夜の水槽に似ているこの部屋でわたしは窒息死しそうになる。
「ネズくんは嘘が上手だよ」
 指が離れてから、自分への戒めとしてはっきりとそう言う。ネズくんは困った顔をした。
「じゃあお前も上手に騙されてください」
 薄い唇が狡い台詞を吐き、また糖蜜みたいに絡みつく甘いキスをくれた。そして再び指先が触れ合って、溺れるようなセックスが始まる。している最中のネズくんのはとても美しい。もっときちんと、身体だけが目的だと分かるように抱いてくれたらいいのに。わたしのことなんて考えずに自分勝手に動いて、好きに気を遣ればいいのに。それなのに彼は少し汗ばんで、目を細めて、いまにも愛の言葉を呟きそうな表情で優しく抱いてくれる。
「きもち、いい?」
 哀れなわたしは僅かの憐憫でもいいから欲しがった。掠れた問いかけがふたりの熱い息に溶けてゆく。
「気持ちいい、です」
 同じように掠れた声が望んでいた答えをくれた。これだけは嘘じゃないと信じたい。その他は全部嘘でも、いまこの濡れた瞬間だけは真実だ。唇や指先は、信じることが好きだし。
 好き、と囁きたいのを我慢して快楽に身を委ねる。ああ、なんだか甘い匂いがする。きっとネズくんのついた優しい嘘の香りだ。恍惚に昇りつめながら、わたしはその香りを胸いっぱいに吸い込んだ。頭の芯まで騙されてくれるように。わたしが幸せであるように。

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