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シャロットの女


 その絵を見て、曾て焦がれていた女性を思い出した。思春期より少し前の、恋と呼べるものに気づき始めた頃に知った純粋な気持ちだ。両親の仲が悪く、妹を連れてよく外をぶらついていた。結局いつも同じ公園に行きつき、日が暮れるのを待つのだ。幼い妹は同い年くらいの子供と飽きもせずよく遊んだ。おれは他所の母親たちにはしっかりしていて偉いお兄ちゃんだねと褒められたものだ。偶にお菓子をもらった。着色料がべったり使われたそれを口に放り込み、おれは公園の隅にある錆びたベンチに座る。そこには毎日、同じ女性がいた。「こんにちは」その女性は決まって優しく微笑んで挨拶してくれた。でも明るい表情はその一瞬だけで、すぐに陰鬱そうな顔つきになる。その視線は子供たちの方にはない。彼女の周囲の空気は粛殺としていた。母親たちは遠巻きにこちらを見ては、見ないふりをした。おれたちは挨拶以外に言葉を交わさず、それでも離れず座っていた。おれは妹を眺めるふりをしながらちらちらと彼女の美しい横顔を見た。薄化粧、あまり手入れされていないような長い髪、素足にミュール。しどけないその姿に子供ながらどきどきしていた。夏の暑い日にも冬の寒い日にも彼女はまるで同じだった。無表情で無感動。おれに微笑みかける僅かな一瞬だけ、大きな花火が打ち上がるような爽やかさと、その後に残る寂寞感があった。あとは完全な無だった。一度だけ会話が続いたことがある。「君のお母さんは?」「……父と喧嘩しています、毎日です」些か躊躇って家族の恥を晒した。メランコリックな彼女に話すのは後ろめたかったが、話しかけられたということが嬉しくて答えてしまった。彼女は可哀想だね、とか大丈夫だよ、とか慰めの言葉はひとつも言わなかった。代わりに気怠げな一瞥をくれた。そんな会話以外におれたちの思い出はない。いつしか彼女は公園に来なくなり、成長したおれと妹は家を出た。あの頃の記憶は良くないものが多いので封じ込めていたのに、突然思い出してしまった。まじまじと見ると顔はそれほど似ていない。それでも、絵の中の女はあの女と同じ目でおれを見ていた。虚な、どこを見ているのか分からない、けれど優しい、憂いを帯びた瞳。額装された30号ほどの絵は買おうと思えばすぐに出せる金額だった。少しだけ迷い、買わないことにした。絵の中の彼女も、かつての彼女も見たいものはおれではないのだ。その視線を向けられるべき相手のことを考えながら帰った。

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