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天国も地獄

 いつもと違う年越しは新鮮で、もう二度と経験したくないものだった。まるでただ眠りについているだけのような彼女の傍で、じいっとその顔を見ながらおれにできることを考えていた。結局なにも思いつかず、医者と看護師に一度追い出され、ひとりで家に帰った。とりあえず「入院、必要なもの」で検索して彼女の下着や服を鞄に詰め、夕方にまた押しかけた。いろんなものを持ってきたけれど、意識が戻らなければほとんど意味はない。愛用しているスリッパやイヤホンなど、お守りのような気持ちで持ってきていた。いつ起きても大丈夫なように。いつもやっているゲームも持ってきた。「早く起きねえとおれが進めますよ」と軽口を叩いても、やはり彼女の表情は変わらない。死んでいるようにも見える。なんだかよく分からない機械からスパゲティのように管が伸び、変な電子音が鳴って、彼女がギリギリ生きていることを知らしめている。「雪が積もってきました」なにも見えない彼女のために窓の外の様子を教えてあげる。「寒くないですか?」当たり前だが返事はない。話すこともなくなってきたので本を読み、気がつけば次第に眠くなってきて椅子に座ったまま船を漕いでいた。足元を這う寒気に目が覚めまた「寒くないですか」と問いかける。返事もないのに、と自嘲気味に笑うために。ところが今度は反応が違った。大きな目が、ぱちりと開いて、おれを見ていた。腰を抜かし、大慌てで医者を呼びに行く。彼女が目を覚ました、起きた、生きていた。喜びに叫び出しそうになるのを堪え、医者の動向を見守る。医者は何度か彼女の名前を呼びかけ、それから小声でなにか会話を交わした。入り口付近で止められているおれには聞こえない。静止する看護師の腕を振り切り彼女に駆け寄る。大きな目がふたつ、またおれを見据える。綺麗な唇がゆっくり動く。「あの、誰、ですか?」医者がとても言いにくそうに「記憶が」と話し始めた。専門的な用語が多かったのでよく分からなかったが、ここ数年の記憶に穴抜けがあるらしい。言いたいことはたくさんあった。おれは恋人で、とか、一緒に住んでいて、とか。たくさん言いたいことを飲み込んで「……おかえりなさい」とだけ、一言だけ声をかけた。不思議そうな顔をしている彼女は、言葉が通じない宇宙人みたいだ。リハビリがどうとか説明している医者を尻目に、また「おかえりなさい」と言う。その言葉の意味は分かるが、理解はできていない彼女は曖昧に笑った。ああ、やっと戻ってきてくれた、それだけでいい、そのうち宇宙の感想を聞かせてください。ずっと傍にいますから。

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